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しょうきち
しょうきち
novelistID. 58099
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冒険の書をあなたに

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 その頃、ビアンカとアンジェリークの側にチェスを片付けたルヴァが加わっていた。
「ヘンリーさん、大丈夫かしら……」
 心配そうにアンジェリークの翠の瞳が揺れた。
「そうですねぇ……私もちょっと、配慮に欠けてしまったようで……反省しきりですねー」
 紅茶を口に含みつつ、ルヴァの眉は八の字になった。
 そんなルヴァへビアンカが賞賛を送る。
「大丈夫よ、マリアさんとリュカがついてるし。それにしてもルヴァさんの手加減なしのチェス対局は面白かったわー。ほんとお強いのね」
 ねー、とアイコンタクトし合う女性二人の前で、ルヴァが恥ずかしそうに頬を掻いた。
「いえいえ……私も鍛えられてきたのでね、自然とこうなったというか」
 たまにジュリアスの対局相手をしているうちにどんどん追いつかなくなって、チェスにまつわる参考書や棋譜集を読破し、多くの定跡を頭に叩き込んできた結果だった。
 アンジェリークはそんな二人の裏事情を見知っているため、しれっと暴露した。
「ルヴァはジュリアスにつまらない対局をさせないようにって勉強してるし、ジュリアスはルヴァに負けたくないからって勉強してるし。そりゃ強くもなりますって」
「あー、やはりそうだったんですかー。道理で毎回妙手を打ってくると思っていたんですよー」
 多面指しで少々疲れたのか、ルヴァも甘いものが欲しくなり焼き菓子に手を伸ばした。アンジェリークはクルミの蜂蜜漬けを小皿に取り、ぽりぽりと齧っている。そしてビアンカが扉のほうを心配そうに見つめていた。
「それにしても……戻ってこないわね、マリアさん。ほんとにあの三人は仲がいいわ」
 干し葡萄の入った焼き菓子を口に運び、紅茶で流し込むルヴァ。
「リュカ殿がヘンリー殿とどうやら幼少時からのお付き合いなのは知っていますが、マリア殿とも仲がいいんですか?」
 ビアンカが頷きながら言葉を続ける。
「ええ、あの三人はセントベレス山の神殿から一緒に逃げ出してきたの。マリアさんのお兄さんが手引きをするまでは奴隷をさせられてたらしくて……リュカは殆ど話してくれないんだけど、マリアさんが教えてくれたわ」
 その言葉にアンジェリークがはっとした。
「そういえば……ルヴァ、水鏡で見えたときに柄の悪い男の人が言っていたわ、確か……王子を奴隷として売ればまた金が手に入るって……!」
 そういうことか、とルヴァの中で一つの答えが見つかった。
 人身売買には膨大な資金も必要になる。表向きでは合法的に資金を集め、裏では奴隷になり得る人間を大金で集めるとするなら────宗教が格好の隠れ蓑になるケースが多い。そしてその資金と労働力が闇の組織へと流れていることも良くある話だ。この世界の場合は、魔物が人間に姿を変えて操っていたのかも知れない。
 信者に資金を提供させ、闇のルートでは奴隷という労働力を得る。どちらにせよ彼らのその先に待つのは身の破滅だ。知り得た情報を漏らされぬためにいずれは秘密裏に消されてしまうだろう。
「パパス前国王が亡き後……彼らは奴隷として売り飛ばされ、そこでの生活を余儀なくされていた、と……」
 微かに眉間に皺を寄せたルヴァに気付かず、ビアンカは手元に視線を落としている。
「そうみたい。だからかな、今でもあの三人の輪に入れないなって思うときがあるのよ……変でしょう? わたしが知らないリュカをヘンリーさんとマリアさんは知ってる。それがたまにね、無性に羨ましくなるの」
 リュカ当人からすれば辛すぎて言えない事柄であったり、愛する者にこそ同情されたくない気持ちがあったりするのだろう、とルヴァにはなんとなく分かる気がした。
「それに……ヘンリーさんは生まれながらの王族だし、リュカだってグランバニアの王子って分かる前から、同世代の男の子と比べてなんか気品のある子供だったのね。今思えばサンチョさんの教育なんでしょうけど。マリアさんも割といいところのお嬢さんだし……それに比べて、わたしなんか宿屋の娘でなんのとりえもなくって。なんか……気後れ、しちゃうのよね」
 アンジェリークはビアンカのことを、明るく溌剌とした女性だと思っていた。しかしその心の内側ではこんなにも脆く柔らかい感情を抱え、王妃という重責に耐えている。
「……それ、ちょっと分かるわ。今でこそ聖地で女王なんてやっているけど、それまではわたしだってごく普通の十七歳だったもの」
 ビアンカの顔に驚愕の色が浮かび、長い睫毛に縁取られた瞳が零れ落ちんばかりに見開かれた。
「ええ? アンジェさんって、女王様なの? じゃあ……ルヴァさんは」
 言っちゃった、という顔でぺろりと舌を出すアンジェリークに苦笑気味に、ルヴァが言葉を続けた。
「あー……私は守護聖と言って、女王陛下にお仕えしている者なんですよ。全部で九人いて、私はその中の一人です」
「わたしたちの世界では女王になるための試験があるのよ。わたしはそれに選ばれて運良く女王になって、今は守護聖の力を纏めているの。庶民出身の女王なのよ、ふふっ」
 アンジェリークがどこか自嘲気味に笑い、紅茶のカップに口をつけた。
 そのまなざしは遥か遠くを見つめているような、少しだけうら寂しさを伴っていた。
「最初はね、いいのかなって思ってたわ。ライバルはすっごい優秀だし、わたしみたいな庶民がここに居てもいいのかなーってずっと疑問で……何もかもが怖くて、逃げ出したかった。でもその頃にはもう好きな人がいたから棄権する勇気もなくて。だから独りでこっそり歌を歌って気を紛らわせてた。歌は……好きだったから」
 当初ルヴァに対して余りに緊張しすぎてまともに会話すらできなかったのだ。いわゆる、好き避けである。
 ルヴァの中ではその頃のアンジェリークの想い人は一体誰だったのかとふと疑問がよぎったが、別のことを口にした。
「……それであの頃、いつも人のいない時間に歌っていたんですねー」
 そしてその声に惹かれ────それがアンジェリークと知らぬ内から、今思えば密やかに恋に落ちていた。
「そうよ。よりによって好きな人にそんなとこ見られちゃって、あのときは本当に恥ずかしかったんだから」
 先程出た「好きな人」が自分のことだったと分かり、ルヴァの顔が朱に染まった。
「私だって泣かされたり転んでしまったりしてかっこ悪い姿を見られてしまいましたから、あれはおあいこでしょう?」
 ビアンカがふんふんと身を乗り出して話に聞き入っている。
「やだ、ルヴァさん泣かされちゃったの? 泣いちゃいそうなイメージないんだけど」
 ルヴァは懐かしそうに目を細めて頷いた。
「ええ、この人の歌声があんまりにも素晴らしくてね、恥ずかしながら気がついたときには涙腺が緩んでしまってましてね……それから色々ありましたけど、今の私にとっては、アンジェはもう離れることのできない人なんです」
 ルヴァはあはは、と恥ずかしそうにまだ赤い両の頬を押さえて、肩をすくめて見せた。
「……私にとってのアンジェがそうであるように、リュカ殿にとってのあなたもまた、かけがえのない存在なんだと思いますよ。だからこそ、話せないこともあるのだと……」

作品名:冒険の書をあなたに 作家名:しょうきち