二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」
しょうきち
しょうきち
novelistID. 58099
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

冒険の書をあなたに

INDEX|5ページ/150ページ|

次のページ前のページ
 

 しん、と静寂が辺りを包んでいた。
 ルヴァは先程までの左腕の痛みがすっかり消えていることに気付いて、右手でそっと触れてみた。それから恐る恐る動かしてみたが、驚いたことに折れた形跡など微塵も感じられなかった。点々と穴の開いた袖を真っ赤な血が染め上げてじっとりと腕に纏わりつき、先程まで確かにそこに傷があったことだけを知らせていた。
 驚いてアンジェリークのほうを振り向けば、それまでぜいぜいと肩で息をしていたアンジェリークがぷつりと糸の切れた操り人形のように頽れた。背にあったはずの翼はもう消えていた。
「アンジェ……アンジェリーク!」
 慌てて駆け寄り呼吸と脈拍があることを確認し、抱き上げて血の気のない頬を叩いた。
 が、一向に起きる気配がないのでアンジェリークの荷物を担ぎ、そのまま横抱きにして立ち上がる。

 そこへ、丘の下からがやがやと賑やかな集団がやってきた────遠目には森の中で馬車の幌のようなものがちらちらと見えている。
 それが近付くにつれて彼らの会話が聞こえて来た。初めに聞こえてきたのは、まだ少年と思しき幼い声。
「こっちだよお父さん! あの丘のほうからすっごい光が出てた!」
 ルヴァは物陰に隠れて様子を見ようかとも思ったが、子供がいるのならこちらに害を為す可能性は少ないと判断し、そのまま歩き出した。
「待ちなさいティミー。一人で先に行かない!」
 次いで聞こえたのは、少年の父だろうか────まだ若そうだが落ち着いた青年の声だ。
「もーっ、遅いよぉ!」
 アンジェリークに振動がいかぬように気遣いつつ、ゆっくりと坂を下る。
 彼らの賑やかな話し声は森の入り口まで近付いていた。
「お兄ちゃんったら。あの光がまだなんなのかわからないし、あんまり急いじゃ危ないと思うの」
 ティミーという少年を兄と呼ぶ少女の声もした。
(……家族、でしょうか)
「でも今朝落ちてきた光も、すぐそこでしょ? なんか関連ありそうよね」
 こちらは、まだ若そうな女性の声だ。
(今朝落ちてきた光……?)
 この丘で放たれた光は紛れもなくアンジェリークから放たれたものだ。
(落ちてきた、光。それはこの世界へと私たちが導かれたときのもの……?)
 考え込んでいるうちにやがて賑やかな声の中にはっきりと馬蹄の音も混じり、森を抜けてきた彼らがとうとう姿を現した。

 大きな剣を背負った金の髪の少年(と言うのかむしろ少年が小柄と言えば良いのか)がルヴァを見つけ、勢い良く駆け寄ってきた。
「こんにちはーっ!」
 屈託のない笑顔に癒され、ルヴァにいつもの調子が戻ってきた。
「はい、こんにちはー。いい挨拶ですねえ」
 にこりと笑顔を浮かべると少年も嬉しそうに白い歯を見せて笑った。
「うん、よく言われる。ねえおじさん、そのお姉ちゃん怪我したの? ぼく治せるよ──ベホマ!」
 言うなり少年の手から淡く優しい光が放たれて、アンジェリークを包み込む。どうやら回復の効果がある魔法を使ったようだ。
「あっれぇ? 何にも変わらないね。うーん」
「あー、すみません。今気絶しているもので……」
 興味深げにアンジェリークの顔を覗き込む少年に微笑むルヴァ。
「そっか、怪我してたんじゃなかったんだー。おじさんは腕が血だらけだけど、大丈夫なの?」
 ひょこっとアンジェリークを支える腕のほうへ頭を向ける少年。くるくるとよく変わる表情だ、とルヴァは内心微笑ましく思う。
「ええ、傷はすっかり塞がっています。心配してくれてありがとう」
 そこへ頭に紫のターバンを巻いた青年が、慌てた様子でこちらへ近付いてきた。
「ティミー、先に行くなと言っただろう。すみません、うちの子が騒がしくてご迷惑を」
 申し訳なさそうにぺこりと頭を下げる青年。親にしては随分と若いと思いつつ、故郷の人間ですら今となっては余り会うことのないターバン姿に、親近感を覚える。
「いえいえとんでもない、元気でいいお子さんですね。あのー、旅慣れた方とお見受けしますが、もし地図をお持ちでしたら、ちょっと見せていただけませんか」
 彼らは見るからに旅をし慣れている様子だから地図を持ち歩いているはずだ。まずは見覚えのある星かどうかを探りたかった。紫ターバンの青年は人懐こい笑顔で快く地図を見せてくれた。
「ありがとうございます、お借りしますね。ええと…………うーん、記憶にはない地形ですねぇ。これは弱りましたねー」
 ルヴァが地図を前に困り果てている姿を見て、紫ターバンの青年が静かに口を開く。
「何かお困りのようですが、あなた方はどちらからいらしたんですか。お二人とも随分と軽装ですが……」
 青年の視線が武器や防具はおろかまともな荷物すらない丸腰の二人組へと注がれた。
 その青年の瞳は黒曜石を思わせる色の、とても形容し難い不思議なまなざしをしていた。心の中にある不安や恐れを溶かしていくような、そんな温かさがあった。
作品名:冒険の書をあなたに 作家名:しょうきち