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しょうきち
しょうきち
novelistID. 58099
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冒険の書をあなたに

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 ルヴァはひとつ大きく息を吐くと懐から折り畳みナイフを取り出して広げ、しっかりと握り構えた。
(この程度のもので何ができるか分かりませんが……とにかくアンジェを安全なところへ逃がさなくては)
 竜二匹の背後に回り込み、こちらに意識を引き付ける為にわざと大声をあげる。
「アンジェ、隙を見て逃げて下さい! いいですか、私に構わず────」
 言い終わる前に何かがしなる音が耳に届き、横腹に強い衝撃が当たった。
 尾に弾かれたのだと把握したときには既に地べたに転がり、幸いにもナイフは手放さずに済んだものの、立ち上がりかけたところで振り返った竜がルヴァ目掛けて飛び掛ってきた。
 ルヴァは咄嗟に左腕を前に出して噛み付かせた。頭と心臓さえ無事なら、あとはどうにでもなる。
 アンジェリークの悲鳴が聞こえた。
 まさかと思いどうにか視線をそちらへ向けると、逃げる様子もなくこちらを凝視している。
「ぐぅっ……!」
 竜はルヴァの腕を引き千切ろうとしているのか、頭を傾けたと同時に凄い力で左腕が捻り上がった。腕が変な方向へみしみしと軋んだ後に鈍く嫌な音がして、鋭い牙が肉を裂いていく。噛み付かれた箇所から血の滴る感覚がする──左腕全体が燃えるように熱い。
「こ……のぉっ!」
 渾身の力を込めてナイフを振り下ろす。可哀想などと言っている余裕はなかった。
 だが竜の鱗は硬く、薄い刃ではとても太刀打ちできない。
 それならば、と眉間の辺りの比較的柔らかそうな鱗を抉るように刃をぐいと深く刺し、思い切り横に薙ぎ払った。これは少し功を奏したようで、竜が悲鳴をあげ口を離した。
「ルヴァ……!」
 悲痛な叫びをあげているアンジェリークの前で、これ以上動揺させるわけにはいかない。再び地べたに転がりそうになるのをなんとか堪えて踏みとどまった。
「何をしているんです、早く逃げなさい!」
 べったりと服に染み出た血を押さえてアンジェリークを叱咤した。アンジェリークもまた、涙でぐちゃぐちゃになりながら負けじと叫ぶ。
「いやです! ルヴァを置いていけな────」
「ではそのまま私が喰われるところでも見ていなさい!」
 ルヴァの剣幕に気圧され、びくりとアンジェリークの肩が震えた。
 体を石のように固くして、凍りついた目でルヴァを見ていた。
 肉食動物の前に滴り落ちて漂う、血の匂い────その匂いこそが彼らをより獰猛にさせていくスイッチなのだ。
 そしてそれは、この二匹の竜を引き付けるには充分な撒き餌となる。
 いつものように優しく応対している暇などない。きつく突き放してでも、彼女をこの場から一刻も早く遠ざけなくてはならない。
「あなたがしなければいけないことは何ですか、陛下! 私たちの宇宙はどうなるんです、要のあなたがここで死ぬわけにはいかないでしょう!」
 アンジェリークの大きな翠の瞳からは幾筋もの涙が溢れ出ていた。
(アンジェ……どうか分かって下さい。この体の何を失っても、あなたを失うわけにはいかないんです……!)
 言葉にできない想いを込めて、ルヴァもアンジェリークを見つめた。
「……!」
 そしてアンジェリークは、うっ血してしまうのではないかと思うほどにきつく唇を噛み締めて、手の甲で涙を拭いていた。
 ルヴァは脈打つ度に広がる酷い痛みとふがいない自分への怒りとで、全身を巡る痺れに打ち震えた。
 もし今ここにいるのが戦いに慣れた守護聖だったら、こんなことにはならなかっただろうに。……それに比べて────比べても詮無いことだけれど、自分はなんて無力なんだろう。普段尤もらしいことを言ったところで、肝心なときに愛する人一人守れやしないだなんて。
 最早立っていられずにがくりと膝をついた隙に、竜の前足がルヴァの体を思い切り鷲掴みにして高く持ち上げた。
 ぎりぎりと締め付けられ、折れて血塗れの左腕に更に鋭い痛みが走る。余りの激痛に叫ぼうにも肺から押し出された息が笛のようにきゅうと鳴って、喉からあっけなく漏れ出ていってしまった。
「ぐ、うぅっ!」
(────叩きつけられる!)
 そう思って死の覚悟を決めたのとほぼ同時に、アンジェリークの声が響いた。
「離してっ!」
 凛とした声音に驚いて固く閉じていた目を薄く開けてみれば、その背に大きな翼を広げた姿が名前の通り天使のようで。
 毅然と竜を睨みつけている翠の瞳が怒気を孕んで、見慣れないその表情もまたこの上なく美しい────などと考えた辺りでルヴァは微かに笑った。命の危機に瀕した状況だというのにも関わらず、あの人の美しさに目を奪われている。これではまるで重度の病気ではないか。

「ルヴァを、離しなさいっ!」

 叫んだアンジェリークの体が青白く発光して、言葉に応えるように大地が鼓動の如く波打ち、彼女を中心に眩い光の輪が衝撃波と共に発せられた。
 その怒涛の光の中で、竜二匹が抵抗するすべもなくさらさらと砂に変わりゆく様を虚ろに眺めながら、まるで恒星の最期の爆発のようだ……と、ぼんやりと白む頭でルヴァは思った。


作品名:冒険の書をあなたに 作家名:しょうきち