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しょうきち
しょうきち
novelistID. 58099
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冒険の書をあなたに

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 やんちゃで手のかかる子だった。
 聖地に行くなと言ってわんわんと泣いていたあの子の温もりの記憶と、ティミーの輪郭とがうっすらと重なる。
 テルパドールの砂色の風景が、余りにも故郷を思い起こさせる砂丘が、そしてこの温もりが、ルヴァにありもしない幻影を見せ付けるのだ。
 そんなルヴァももうあの頃の多感な少年ではない。
 けれど彼の中での弟は、幼い姿で永遠に時を止めたままだ。

 ティミーがふいに目を凝らして何かをじっと見つめている。
「あっ、ポピーとお姉ちゃんが来たよ!」
 足跡を辿ってきたらしい二人が、砂丘の上から両手を振っている。
 いつまでも胸を刺す感傷をどうにか振り払い、ルヴァは口角を上げて微笑んだ。
「一気に気温が下がり始めましたね……行きましょうか、ティミー」
「うんっ」
 またしてもぐいぐいと引っ張られながら、ルヴァはしっかりとティミーと自分の手を繋いで歩き出す。
「お姉ちゃーん、ポピー! お土産だよーっ」
 ティミーは空いたほうの手で砂漠の薔薇を掲げ、得意げな笑みを浮かべている。
「お兄ちゃん、ルヴァ様と砂漠の薔薇探してたの? わあ、凄いね、綺麗ね!」
 真っ先に駆け寄ってきたポピーが、ティミーの手にあった砂漠の薔薇を覗き込んでいた。
「そうだよ、だってお父さんの見つけたのしかなかったでしょ。ぼくのはこれで、ポピーのはこっち。小さいけど薔薇の模様が綺麗だろ」
 ルヴァにしたようにポピーに砂漠の薔薇を手渡すティミー。
「えっ、わたし貰ってもいいの? ありがとうお兄ちゃん!」
 妹に贈り物をするのが多少気恥ずかしいのか、耳まで赤らめてぶっきらぼうにそっぽを向いたままだ。
「別にいいよ。あとお姉ちゃんの分もあるよ、はいこれ」
 手渡されたものをじいっと観察して、翠の瞳が嬉しそうに弧を描いた。
「まあ、とっても綺麗ね。ありがとう、ティミー」
 ティミーは木綿の布で大切そうに砂漠の薔薇を包み込み、腰から下げた道具袋に入れてからポピーを見た。
「へへ……これで皆お揃いだね! じゃあポピー、宿まで競争しよう! 先に戻ったほうが勝ち!」
「はーい!」
 アンジェリークとルヴァをその場に残し、二人は勢い良く駆け出していく。
 その後ろ姿を微笑ましく見送る影が二つ並んだ。
「あらら、取り残されちゃいましたね、わたしたち」
「はは……子供は元気でいいですねえ」
 そう言って、つい先程まで繋いでいた手のひらに視線を落とした。そのまなざしが切なげなことに、アンジェリークが気付く。
「……どうかしたんですか」
「先程ティミーと手を繋いで歩いていたんですけどね……私にはなんだか……また弟に会えたような気がしたんですよ。……あの子はとうに私を追い越して、土に還っているのに」
 そこでルヴァの言葉は途切れた。
 最後の最後まで言えなかったあの日の「さようなら」が、いまも心の中でほうき星さながらに長く長く尾を引いていた。
 ゆっくりと想いを閉じ込めるように、手のひらが閉じられていく。
 アンジェリークは無言のままルヴァを後ろから抱き締めて、額を背に預けた────彼が我慢せず泣けるように。

 流れる雲が鮮やかな金赤の輪郭を描いて、遥かな故郷に似た砂丘を緋色に照らし出す。
 人知れず続いているこの胸の痛みはいつか、優しい思い出に変わっていくのだろうか────今この瞬間を幾つも重ねた、遠い遠い先で。

 ルヴァは小さく鼻をすすって、袖口で一度だけ目元を拭った。
 そしてアンジェリークの手がふいに温かくなった。ルヴァの大きな手が彼女の手を包み込んでいる。
 優しいその温もりに鼻の奥がつんと痛んで、それを誤魔化すようにアンジェリークは言葉を連ねた。
「砂漠の薔薇って、昔はそこが緑豊かだったって知らせているのよね。だから心の底にしまい込まれた思い出の結晶……心から望んだ願いを叶えてくれる鉱物の花って、言われてるのかも」
 彼にとっての心からの願いは、叶えられないことなのかも知れない。
 それでも、あなたにはわたしがついていると伝えたくて、ぎゅうっと強く抱き締めた。
「良く知っていますね、アンジェ」
「まあね。ルヴァの執務室に行くたびに読書してたし?」
 アンジェリークの腕を解き、ルヴァの指がそっと絡められた。
「ではこの石が知性と愛の象徴だってことも、加工するには硬度がちっとも足りないことも、もうご存知でしょうかね」
 脆く柔らかくそして美しい鉱物の花は、永い刻の中で涙を思い出へと変えていく。いつか誰かの手に渡る日まで。
 向かい合ったルヴァの顔がゆっくりと寄せられて、アンジェリークのまなざしとぶつかった。
「……知ってるわ」
 優しい囁きはルヴァの唇によってかき消された。
 深く長い口付けは体ごと溶けてしまいそうなほど甘く心地よかった。

作品名:冒険の書をあなたに 作家名:しょうきち