冒険の書をあなたに
そこから二人でゆっくりと階段を数段上り、祭壇の前へと進む。
普段は簡素な椅子しか置かれていないその場所には赤い絨毯が敷かれ、祭事用の椅子が並べられていた。
そして正装したリュカ一家と町の人々が所狭しと並んでいる。
神父──この世界ではひとつの宗派しかないらしく、牧師という存在はいないのだとリュカが言っていた──が厳かに式の始まりを告げる。
「私たちはこれより、ルヴァとアンジェリークの結婚式を執り行います」
神父の声にざわめきが水を打ったように静かになった。
「それでは誓約をして頂きます。皆様ご起立下さい」
辺りから一斉に衣擦れの音がして、二人の顔に少しだけ緊張が走った。
「このお二人の結婚に正当な理由で異議のある方は今申し出て下さい。異議がなければ今後何も言ってはなりません」
勿論異論を口にするものはおらず、そのまま神父の言葉が続けられた。
「どうぞお座り下さい。それではまず神への誓いの言葉を」
全員が着席し、全ての視線がじっと二人に注がれていた。
「汝ルヴァはアンジェリークを妻とし、その健やかなるときも病めるときも、喜びのときも悲しみのときも、富めるときも貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか」
ルヴァは糸杉のようにまっすぐに正した姿勢を崩すことなく、落ち着いた声で誓う。
「はい、誓います」
「汝アンジェリークはルヴァを夫とし、その健やかなるときも病めるときも、喜びのときも悲しみのときも、富めるときも貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか」
アンジェリークもまた、淀みのない明るい声で誓いを口にする。
「はい、誓います」
「よろしい。では指輪の交換を」
アンジェリークはここで改めて疑問に頭を悩ませた。
(指輪なんて用意していない筈だけど、どうするんだろう……?)
そこへ、背中に浅いトレイを括りつけられたプックルが静かに現れた。尻尾には少しくたびれたリボンが結ばれている。ふにゃお〜ん、と少々間延びした鳴き声が響く。
その面白い鳴き声が笑いを誘い、場を和ませている────が、アンジェリークにはこう聞こえていた。
「ブーケをここに乗せておきな。手袋……はしてないな、よし」
その様子にアンジェリークの口角が小さく上がった。
プックルの言葉通りにジャスミンのブーケをトレイにそっと置いた。
サプライズゆえにリハーサルができない中、アンジェリークにだけ分かる言葉でその都度何をすればいいかを伝える────花嫁に恥をかかさない配慮に、リュカの思いやりに、ルヴァは心底感謝した。
ルヴァは神父から青い石のついた指輪を受け取り、アンジェリークの細い指先にそっと通した。彼女もまた同様に、ルヴァへ指輪をはめる。
(……綺麗な指輪)
この世界の空と海を閉じ込めたかのような、どこまでも澄んだ青。祝福の杖の天使像が掲げていた石に良く似ていた。そしてこの指輪は何故かとても温かい感じがする。