LIFE! こぼれ話
LIFE! こぼれ話
*** お買い物 ***
服がないよな。
親父が着なかったシャツと、傷みのないズボンでどうにか着回しているけど、ちゃんとあいつの服、揃えてやんないとな……。
(あいつにとっても養父だけど、おさがりばっかじゃ、なんか……)
立ち上がって台所に向かう。昼ご飯の準備を始めていたアーチャーに声をかけた。
「買い物、行こう」
「食材は揃っているが?」
「食べ物じゃなくて、服だよ」
「服? マスターのか? それなら、凛を誘えば――」
「あんたのだよ!」
表情の薄いアーチャーが、珍しく驚いたような顔をした。
でも、あんまり普段とは変わらないけど。
(ほんと、表情が変わんないっていうか……)
斬り合った時は、あんなに感情むき出しだったのに、オンオフがはっきりしているというか、なんというか。
「私の服など、特に……」
「あんたの服がない。だから、買いに行く。ご飯食べたら出よう」
有無を言わさず、俺は決めてしまう。でないと、あーだこーだと理屈をこねて、日が暮れちまう。
(あー、服だけじゃないか。靴も二足くらい、ラフなのと、ちょっとカタめのやつと……)
考えながら昼食の準備を手伝う。週末はたいてい俺たち二人しかいないこの衛宮邸にも、少し慣れた。一人だった時の静けさよりも、二人でいる少し居心地の悪い感じの方が、いいと感じてきている。
些細なことでも話し合うことのできる相手がいる、というのが、少し照れくさいけれど、温かいと思える。
(この家、こんなにあったかかったんだなぁ……)
親父以外で、ここに住む奴が現れるなんて思ってもいなかった。
振り返っても誰もいない廊下や縁側が寂しいと思った時期もあったけど、成長とともにそういう感傷もなくなっていったのに、やっぱり俺は、どこかで寂しいなんて、思っていたのだろうか?
(まあ、いっつも賑やかな食卓だったし、気づかなかったんだな、きっと)
俺の周りにいた人たちには感謝してもしきれないなと、あらためて思っていた。
「うーん……」
メンズフロアでマスターは腕を組んだまま唸っている。
「マスター、何をそんなに……」
「合う服が見つからないんだよ」
「着るものなど、なんでも……」
「そういうわけにいかないだろ!」
やけに真剣にオレを見上げて言い切るマスターに、もう何も言う気はなくなった。
すでに買い物袋が五つ。マスターが何を思い立ってしまったのかがイマイチわからないが、オレは従うしかない。
辟易しながらも、マスターがオレの服や靴を真剣に選んでくれている姿に、悪い気はしない。
いくつかハンガーに掛けられたシャツを見て、マスターは考え込み、売り場の外で待つオレを振り返る。
「アーチャー、ちょっと!」
腕を引いて、今度はスタスタと歩き出す。どこへ向かうかと思えば、レストルーム前のベンチ。
ベンチに座らされ、荷物を置けと言われ、ため息交じりに従う。
「腕上げて」
言いながらオレの腕を持って、親指と人差し指を開き、肩から順にずらしていく。肘までそうやって何かを測るようにしていたマスターが、今度は首に手を当ててきた。
「マスター?」
驚いてその顔を見たが、真剣にオレの喉元を見ている。両手で輪を作り、まるで首を絞めるような手の格好で、また測っているようだ。
真剣な琥珀色の瞳が目の前にある。
(近い……)
僅かに顔を逸らした。
(近すぎる……)
マスターに悪気はないのは当たり前。オレがおかしい。だが、少しは考えろ、と言いたくなる。
「マスター、疲れてきた」
ダメもとで、ぼそり、と呟いてみた。
瞬いてオレを見たマスターと目が合う。
「あ……、わ、悪い! えっと……」
キョロキョロとして、荷物を持ち、オレの腕を引く。男性用トイレの個室に連れ込まれて蓋を閉じた便器に座らされ、荷物を渡される。
「ごめん、気づかなくて……」
驚く間もなく唇が塞がれた。拙い舌の動きで注がれる唾液に甘い魔力が乗ってくる。
(まさか、ここまでするとは……)
マスターはオレが魔力切れを起こさないかと、いつも不安に思っているのだろう。先日、直接供給したばかりで、それほどすぐに魔力は切れたりしないのだが。
まあ、使い魔のことも、魔術のことも、たいして何も知らないマスターだから、仕方がない。
(知らないからこそ、不安になってしまうのだろうな……)
マスターの舌を貪りながら、そんなことを思っていた。
「アーチャー、大丈夫か?」
潤んだ琥珀色の瞳がオレを心配そうに見つめる。
「ああ、少し、マシになった」
「よかった」
心底安心したように息を吐いて、マスターは身体を起こす。
(もう少し……)
思いかけてハッとする。
(オレは何を考えているのか……)
魔力を補給する以外で、こんな意味のないことをしたいなどと思ったのだろうか?
自分が信じられなくなってくる。
「アーチャー? 立てないか? まだ、ダメか?」
立ち上がろうとしないオレを気遣って、マスターはオレの顔を覗き込む。
「もう……少し……」
出てしまった言葉を、慌てて否定しようとした口が、マスターに再び塞がれる。
(マスター……)
持たされた荷物を据え付けられた棚に置き、マスターを脚の上に抱え上げる。驚いたマスターが顔を離す。
「アーチャー?」
「この方が、落としやすいだろう?」
「そ……だけど、脚、痛くない……のか?」
オレを気遣うマスターにますます調子に乗りそうになる。
「問題ない」
マスターの顔も耳も赤く見える。息が熱い。その舌はもっと熱い。マスターの舌を引きずり出して、先の方を噛む。びく、と身体が震えるのは、それなりに感じているからだとわかる。
(マスターの身体は覚えているのだろうか、直接供給をしたときのことを……)
オレは忘れてはいない。今もあの熱さを思い出して、とんでもないことをしてしまいそうになる。
(これからもあの行為ができるのか。マスターと繋がっている限り……)
マスターの舌の裏を舐め、甘い液に眩暈を覚えながら思った。
「マスター、大丈夫か?」
「ああ、うん。平気だ」
少々、キスに……、いや、供給にのめり込み過ぎた。マスターの腰が立たなくなってしまった。したがって、いまだトイレの個室に籠ったままだ。横抱きにされ、オレの脚の上で支えられたまま、マスターはおとなしく、オレにもたれている。
「場所柄を考えていなかったな……」
反省すると、マスターは、くふ、と笑う。
「俺も」
自分の置かれている状況が可笑しく思えてきたのか、マスターは抑えながら笑う。
「ごめんな、疲れさせて。アーチャーの身体に合うサイズがなかなか見つからなくてさ。もうちょっとだけ、待ってくれるか?」
「ああ、了解だ。マスター」
先ほどオレの腕や首を触ってサイズを測っていたのは、オレに合うサイズを確認したかったのだろう。メジャーでも借りてくればいいものを、指で測るなど、原始的すぎると思うのだが……。
だが、マスターのこのスキルはとても正確だと後で知ることになった。
「サイズ、ぴったりだな!」
*** お買い物 ***
服がないよな。
親父が着なかったシャツと、傷みのないズボンでどうにか着回しているけど、ちゃんとあいつの服、揃えてやんないとな……。
(あいつにとっても養父だけど、おさがりばっかじゃ、なんか……)
立ち上がって台所に向かう。昼ご飯の準備を始めていたアーチャーに声をかけた。
「買い物、行こう」
「食材は揃っているが?」
「食べ物じゃなくて、服だよ」
「服? マスターのか? それなら、凛を誘えば――」
「あんたのだよ!」
表情の薄いアーチャーが、珍しく驚いたような顔をした。
でも、あんまり普段とは変わらないけど。
(ほんと、表情が変わんないっていうか……)
斬り合った時は、あんなに感情むき出しだったのに、オンオフがはっきりしているというか、なんというか。
「私の服など、特に……」
「あんたの服がない。だから、買いに行く。ご飯食べたら出よう」
有無を言わさず、俺は決めてしまう。でないと、あーだこーだと理屈をこねて、日が暮れちまう。
(あー、服だけじゃないか。靴も二足くらい、ラフなのと、ちょっとカタめのやつと……)
考えながら昼食の準備を手伝う。週末はたいてい俺たち二人しかいないこの衛宮邸にも、少し慣れた。一人だった時の静けさよりも、二人でいる少し居心地の悪い感じの方が、いいと感じてきている。
些細なことでも話し合うことのできる相手がいる、というのが、少し照れくさいけれど、温かいと思える。
(この家、こんなにあったかかったんだなぁ……)
親父以外で、ここに住む奴が現れるなんて思ってもいなかった。
振り返っても誰もいない廊下や縁側が寂しいと思った時期もあったけど、成長とともにそういう感傷もなくなっていったのに、やっぱり俺は、どこかで寂しいなんて、思っていたのだろうか?
(まあ、いっつも賑やかな食卓だったし、気づかなかったんだな、きっと)
俺の周りにいた人たちには感謝してもしきれないなと、あらためて思っていた。
「うーん……」
メンズフロアでマスターは腕を組んだまま唸っている。
「マスター、何をそんなに……」
「合う服が見つからないんだよ」
「着るものなど、なんでも……」
「そういうわけにいかないだろ!」
やけに真剣にオレを見上げて言い切るマスターに、もう何も言う気はなくなった。
すでに買い物袋が五つ。マスターが何を思い立ってしまったのかがイマイチわからないが、オレは従うしかない。
辟易しながらも、マスターがオレの服や靴を真剣に選んでくれている姿に、悪い気はしない。
いくつかハンガーに掛けられたシャツを見て、マスターは考え込み、売り場の外で待つオレを振り返る。
「アーチャー、ちょっと!」
腕を引いて、今度はスタスタと歩き出す。どこへ向かうかと思えば、レストルーム前のベンチ。
ベンチに座らされ、荷物を置けと言われ、ため息交じりに従う。
「腕上げて」
言いながらオレの腕を持って、親指と人差し指を開き、肩から順にずらしていく。肘までそうやって何かを測るようにしていたマスターが、今度は首に手を当ててきた。
「マスター?」
驚いてその顔を見たが、真剣にオレの喉元を見ている。両手で輪を作り、まるで首を絞めるような手の格好で、また測っているようだ。
真剣な琥珀色の瞳が目の前にある。
(近い……)
僅かに顔を逸らした。
(近すぎる……)
マスターに悪気はないのは当たり前。オレがおかしい。だが、少しは考えろ、と言いたくなる。
「マスター、疲れてきた」
ダメもとで、ぼそり、と呟いてみた。
瞬いてオレを見たマスターと目が合う。
「あ……、わ、悪い! えっと……」
キョロキョロとして、荷物を持ち、オレの腕を引く。男性用トイレの個室に連れ込まれて蓋を閉じた便器に座らされ、荷物を渡される。
「ごめん、気づかなくて……」
驚く間もなく唇が塞がれた。拙い舌の動きで注がれる唾液に甘い魔力が乗ってくる。
(まさか、ここまでするとは……)
マスターはオレが魔力切れを起こさないかと、いつも不安に思っているのだろう。先日、直接供給したばかりで、それほどすぐに魔力は切れたりしないのだが。
まあ、使い魔のことも、魔術のことも、たいして何も知らないマスターだから、仕方がない。
(知らないからこそ、不安になってしまうのだろうな……)
マスターの舌を貪りながら、そんなことを思っていた。
「アーチャー、大丈夫か?」
潤んだ琥珀色の瞳がオレを心配そうに見つめる。
「ああ、少し、マシになった」
「よかった」
心底安心したように息を吐いて、マスターは身体を起こす。
(もう少し……)
思いかけてハッとする。
(オレは何を考えているのか……)
魔力を補給する以外で、こんな意味のないことをしたいなどと思ったのだろうか?
自分が信じられなくなってくる。
「アーチャー? 立てないか? まだ、ダメか?」
立ち上がろうとしないオレを気遣って、マスターはオレの顔を覗き込む。
「もう……少し……」
出てしまった言葉を、慌てて否定しようとした口が、マスターに再び塞がれる。
(マスター……)
持たされた荷物を据え付けられた棚に置き、マスターを脚の上に抱え上げる。驚いたマスターが顔を離す。
「アーチャー?」
「この方が、落としやすいだろう?」
「そ……だけど、脚、痛くない……のか?」
オレを気遣うマスターにますます調子に乗りそうになる。
「問題ない」
マスターの顔も耳も赤く見える。息が熱い。その舌はもっと熱い。マスターの舌を引きずり出して、先の方を噛む。びく、と身体が震えるのは、それなりに感じているからだとわかる。
(マスターの身体は覚えているのだろうか、直接供給をしたときのことを……)
オレは忘れてはいない。今もあの熱さを思い出して、とんでもないことをしてしまいそうになる。
(これからもあの行為ができるのか。マスターと繋がっている限り……)
マスターの舌の裏を舐め、甘い液に眩暈を覚えながら思った。
「マスター、大丈夫か?」
「ああ、うん。平気だ」
少々、キスに……、いや、供給にのめり込み過ぎた。マスターの腰が立たなくなってしまった。したがって、いまだトイレの個室に籠ったままだ。横抱きにされ、オレの脚の上で支えられたまま、マスターはおとなしく、オレにもたれている。
「場所柄を考えていなかったな……」
反省すると、マスターは、くふ、と笑う。
「俺も」
自分の置かれている状況が可笑しく思えてきたのか、マスターは抑えながら笑う。
「ごめんな、疲れさせて。アーチャーの身体に合うサイズがなかなか見つからなくてさ。もうちょっとだけ、待ってくれるか?」
「ああ、了解だ。マスター」
先ほどオレの腕や首を触ってサイズを測っていたのは、オレに合うサイズを確認したかったのだろう。メジャーでも借りてくればいいものを、指で測るなど、原始的すぎると思うのだが……。
だが、マスターのこのスキルはとても正確だと後で知ることになった。
「サイズ、ぴったりだな!」
作品名:LIFE! こぼれ話 作家名:さやけ