LIFE! こぼれ話
居間で買ったばかりのシャツを合わせたオレに、マスターは笑顔を見せた。きつくもなく緩くもない。袖の長さも丈もちょうどいい。マスターは、驚くほど正確にオレのサイズを測っていた。
不思議すぎて、なぜだ、と問えば、マスターは、さも当然という顔をしている。
「アーチャーだって、調味料は目分量でだいたい正確だろ?」
確かに料理の時に計量はほとんどしないが。
「そんなもんだよ」
マスターは、何もおかしなことなどない、と言ってのける。
(まあ、このマスターのことだ。深くは考えていないのだろう……)
少し額を押さえて、オレの服をたたむマスターにため息をこぼす。そして、ただ、ああやって、触れられるのは、案外、心地がいいと思ってしまったオレ自身に疑問が残った。
*** ひとりごと ***
「――――そう思うだろ? 酷いよなぁ、わざとじゃないのにさぁ……。俺だって、一生懸命やってるっての! なのにさ、ほんっと、一言多いってか、いや、一言どころじゃないんだぞ、大波みたいに、バーッて! ちょっとくらい褒めてくれもいいよなぁ? ちょっと、段取りが悪いからってさぁ……」
何をやっているのか、あのたわけは……。
頭が痛くなってしまって、額を押さえる。ため息が何度もこぼれる。
縁側から数歩のところにある岩に、……話しかけている。
あれは、マスターの中から取り出されたバーサーカーだ。あのサーヴァントはなぜか、岩になったまま、衛宮邸の庭石となっている。
その物言わぬ岩に、マスターは話しかけている……。甚だ疑問だ。いったい何をやっているのか、まったく……。
よくよく聞いていると、オレへの愚痴のようだが……。
他に愚痴る相手がいないのか、可哀想な奴だ。
だからといって、岩に語りかける必要がどこにあるのか、呆れ果てて、つっこむこともできんな……。
「ありがとな、聞いてくれて」
そう言って立ち上がったマスターは岩に手を振り(甚だ疑問)、縁側から家に入った。
「何をやっているのか、まったく……」
ため息しか出なかった。
「あ、雨だ」
「ああ、傘を持ってきて正解だったな」
買い出しに出る前に、空模様が怪しかったので、マスターもオレもそれぞれ傘を持って出た。予想通り降りだした暗い空を見上げて傘を広げると、
「アーチャー、早く帰ろう」
なぜか、慌てた様子で急かしてくる。
「なぜだ?」
「いいから、早く!」
言いながら早足で歩き出したマスターに、腑に落ちないまま続いた。
衛宮邸の門を潜ったところで傘をたたみ、玄関まで走っていくマスターに首を捻る。
「何を慌てている?」
呟きつつ玄関に向かう。
先に玄関に入ったマスターが荷物を置いてすぐに出てきた。傘を持って庭の方へ駆けていく。
「洗濯物は出していないはずだが?」
今日はあまり洗濯物が無く、空模様が怪しいため、部屋干しにしてあった。
慌てて庭に出る必要などないものを、と思いつつ玄関に入って、マスターが放置した荷物とともに台所へと向かう。
とりあえず買い物袋の食材を片付け、マスターを探してみると、縁側の側の庭石に傘をかけるように置き、土蔵から持ってきたであろうガラクタで、傘を固定しようとしている。
「何をしているのだ、あのたわけは……」
自身が濡れることも厭わず跪き、すでにずぶ濡れ状態であることすら気にも留めず、マスターはあの岩となったバーサーカーが濡れないようにと、傘をかけている。
「とりあえず、これで」
傘を固定して、マスターは満足げに立ち上がった。
縁側から上がろうとして、オレに気づき、気まずそうに、目を逸らした。
「何をしている」
「いや、あの……、えっと……、家に、入れようとしたけど、動かなくて、濡れるから、傘……」
しどろもどろで答えるマスターは、まるで怒られた子供のようにシュンとしている。怒っているわけではない、呆れているだけなのだが。
「そんなものでは、風で吹き飛ぶぞ」
「え!」
岩を振り返って、顔を戻し、
「そうだよな……」
と肩を落としたマスターが、やけに寂しそうに見えた。
(こいつは……)
何やら苛ついてきて、マスターの腕を引いた。
「さっさと着替えろ! 風邪をひくぞ」
ずぶ濡れのマスターはおとなしくオレに従う。俯いた赤銅色の髪はけっこう濡れていて、雫を落としている。
「今日は無理だが、土蔵のガラクタで屋根でも作ってやればいい」
「え?」
顔を上げたマスターが驚いている。
「濡れるのが気になるのだろう? 屋根を作れば済む話だ」
「いや、家に入れてやろうよ……」
「却下だ」
「なんでさ!」
「常にあの状態ならいいかもしれんが、いつ何時、目を覚ますかわからない。いきなり暴れでもしたらどうするつもりだ」
「暴れないと思うけど……」
「あのままの状態だとしてもだ、どこに置くつもりだ」
「えっと……」
動かすこともできないほどの重量を置ける部屋などありはしない、置くとなると補強が必要になるだろう。そもそも、岩なのだ、室内に置いておけるものじゃない。
「あんなデカくて、重量のあるものを置く場所など、ないだろうが」
「ああ、うん」
「わかったのなら、さっさと着替えろ」
まだ納得のいかない顔をしている濡れた髪に、ぽす、と手を載せてから台所へと向かう。
「アーチャー、ありがとな」
背中に掛けられた声に振り向くと、照れ臭そうに不貞腐れているマスターが、少し顔を赤らめていた。
「わけのわからんことをして、体調を崩されでもしたら、面倒なのでな」
「わ、わかってるよ!」
怒鳴って自室に入ったマスターが可笑しくて、少し笑えてしまった。
*** 耳たぶ ***
「耳を貸せ」
いきなり、なんだよ。
相変わらず、ふてぶてしい態度だ。まるで、家主のように、アーチャーは俺の家に同居している。いや、俺が引き留めたんだから、仕方がないんだけど……。
それにしたって、この態度……。なんとかならないものか?
遠慮って言葉は、どこかに置き忘れてしまったんだろうか、この英霊……。
「なんだよ」
相手がそんなだから、こっちも、ふてぶてしくなる。居間に入った途端に“耳を貸せ”とか言われて、ほいほい貸すかっての。
台所に立って(っていうか、俺の立ち位置をあっさり奪うな!)、こちらを向いている無表情が、早くしろと、無言で圧力をかけてくる。
仕方がないのでため息交じりに台所に入ると、左手が顔に伸びてきて、思わず身構える。
「なんだ?」
「び、ビックリするだろ、急に手、出されたら」
「フ……」
ムカつく。嘲笑う顔。
普段は笑いもしないクセに、こういう表情は顕著に表れる。ほんっとに、ムカつく。
(俺で遊んでるのか、このやろう……)
思いながら調理台に目が行く。ボウルに白い粉が見える。
(何を作ってるんだ?)
そちらに興味が湧いてきた。
「っいい! いだっ!」
俺の気が逸れた瞬間、耳を思いっきり引っ張られて、そちらに身体がよたよたと向かう。
「ふむ」
「何してんだ! 放せっ!」
「ふむ」
「おい!」
俺の耳たぶを抓んだまま、考え事をしている。
むにむに、と強弱をつけて、指で抓んで何かを確かめているみたいだ。
作品名:LIFE! こぼれ話 作家名:さやけ