LIFE! 9 ―Memorial―
LIFE! 9 ――Memorial――
「あなたが大火災の生き残りですか?」
「たった一人、って本当?」
「他に生存者は、本当にいなかったんですか?」
「助けようと思いました?」
「あなたはどこにいたんですか?」
「火からはどうやって逃げました?」
「逃げ道はあったんですか?」
次々と飛び出る質問に混乱する。
何が訊きたいんだ、この人たち……。
囲まれてしまって動けない。
どうして、こんなことになってるんだ?
今日は俺が夕飯を作る当番だから、一成からの頼まれごとも早く切り上げて、商店街で買い物をして帰ろうと思っていたのに……。
校門のところに人がたまっていて、何人かの生徒がマイクを向けられていた。それを端目に通り過ぎようとしたら、生徒の一人が俺を指さした。
(え? 何?)
そこにいる大人たちが一斉に俺を見る。
家路につこうとする俺の前をカメラを構えた人が塞ぐ。それを避けると今度はマイクを持った女の人。
「え? え? ちょっ、な、なに?」
混乱したまま囲まれて、それでも歩こうとしたら、誰かに強く腕を引っ張られて、学校の塀に押し付けられた。
「ちょっとぉ、お話くらいいいでしょ? 家帰ったってどうせ暇なんだし、逃げないでよ」
なに言ってんだ、この人。
俺、暇じゃないし、逃げてもないだろ。
「顔NGだったら、ぼかし入れとくから、ちょっとなんか聞かせてよ」
馴れ馴れしく言って、俺の腕を離そうとしない。カメラを構えたままで、見える口元はにやけている。
それから、質問攻めが始まったんだ。
囲まれて右から左から次々と何か訊かれて、誰に何を言えばいいかもわからない。
(こわい……)
だんだん、狭まってくる人の輪が、囲んでくる人のきつい口調が、耳の中でワンワンいって、頭が痛くなる。
脚の力が抜けてくる。掴まれた腕も振りほどけない。
(アーチャー……、こわい、俺……、アーチャー……アーチャー……)
塀にもたれて、どうにか立っている状態で、アーチャーのことしか頭に浮かばない。
(令呪はダメだ……、使ったら、ダメだ……)
令呪を使い切ったら、アーチャーが消えてしまう。
(そんなの、嫌だ……)
息が苦しくなって、雲が流れる空を見上げた。
どうしてだろう、アーチャーの固有結界の空に似ていると思った。
「……アー……チャー……」
掠れた声が喉から洩れた。涙が滲む。
“士郎!”
声が聞こえる。アーチャーが俺を呼ぶ声……。
上空に人の影。
翻る赤い外套。
俺の理想の姿。
同時に急ブレーキの音も聞こえた。人のどよめきと戸惑いの声が聞こえる。
たん、と重力を感じさせない着地音がして、俺を囲んでいた人との間に舞い降りた影は、俺の大切なサーヴァント。
「士郎、遅くなってすまない」
(アーチャー……)
ざわっと人の輪がどよめく。まるで空から舞い降りてきたかのような男に、記者たちは、呆気にとられているみたいだ。
俺はもう限界で、アーチャーに両手を伸ばそうとした。
「痛っ……」
カメラを持った男に、掴まれていた腕を強く引かれ、俺は引き戻されてしまう。
ゆらり。
アーチャーの纏う空気が変わった気がした。
「おい、落ち着け!」
青い髪の男が、アーチャーの肩を引く。
(ランサー?)
驚いたままの俺に、今度はアーチャーが大股で距離を詰め、俺の手をそっと取って、その胸に抱き寄せてくれた。黒い装甲が見える。
そして、肩にフワリとかけられた赤い外套。
(これ……)
その温もりに安堵する。
「うわっ! いてっ、なんだよ!」
「いつまで掴んでんだ、下衆が」
ランサーの低く唸るような声が聞こえた。俺をいつまでも掴んでいたカメラの男の手を外してくれたみたいだ。
「なんだ、君たちは! 我々は彼に取材を――」
「取材? んな、大勢で寄ってたかって、坊主怖がらせて、何が取材だってんだ?」
ランサーの目はきっと真紅に光って、この大人たちを睨み付けているんだろう。
その殺気立った瞳に、きっと普通の人間なら逃げていくはず。だけど、囲みが大きくなっただけで、遠巻きにして俺たちを見ている。記者魂って、凄まじい。
ランサーの舌打ちが聞こえる。一般人に手を出せないから、苛立っているんだろう。
「衛宮くん!」
校門の方から駆けてくる藤ねえと遠坂が人混みの向こうに見えた。
「うちの生徒にいったいなんの御用です? 警察を呼びますよ!」
藤ねえの気迫とその言葉に、記者たちは、ようやく諦めてくれたようだ。すごすごと機材を片づけはじめる。
「ちょーっと、待った!」
帰ろうとする記者たちに、藤ねえが掌を出す。
「写真とか映像、全部、没収させていただきますよー」
にこやかに言っているが、その目は笑っていない。善良な記者は仕方なく記録媒体などを差し出しているようだ。
「全部は無理ね」
「そうだな」
遠坂がぼそりと呟くと、それに答えるランサー。あちこちで何かが弾ける音がする。二人が魔術で記録媒体を破壊したみたいだ。
「あまり、やりすぎるなよ」
アーチャーが窘めてはいるが、止める気はないみたいだ。
「坊主、平気か?」
ランサーが心配そうに訊いてくれる。小さく頷くことしかできないでいると、アーチャーが大丈夫なようだ、と代わりに言ってくれた。
アーチャーの腕の中で、俺はもう意識が遠のいていた。
***
「まったく、なんだっていうの、今さら!」
凛が青筋を立てて怒りを爆発させている。
「今まで話題にならなかっただけで、ああいう人たちが調べようと思えば、いくらでも知る手段があるんでしょうね。病院の記録や、医師・看護師から話を聞いたりして」
藤村大河は静かな口調で言ったが、その声は沈んでいる。
「シロウは大丈夫でしょうか?」
セイバーが心配そうに訊いてくる。
「今は眠っているだけだ」
オレの答えに、セイバーは頷いて箸を動かす。食事はいつもの三分の一も進んでいない。
「今のところ、異常はないぜ」
周辺の見回りをかって出たランサーが居間に入ってくる。
「うちの若い連中が周辺を見張ってくれているから、ここまで押しかけてくることはないと思うんだけどね」
大河の言葉に、そうだな、と言いながらランサーも座って食事をはじめた。
「学校はしばらく休んだ方がいいかもしれませんね、先生……」
凛が深刻な顔で呟く。
「そうね。学校の前に陣取ることはないかもしれないけど、登下校中に来ないとも限らないし……」
大河の考えに、みな同意見だった。
「ノートは私が取っておきますし、帰りに寄るようにもしますから、藤村先生、そういうことで、今日のところは解散しましょう。私たちがここにいれば、かえって衛宮くんが気を遣って休めないかもしれませんし」
凛に主導権を取られて大河が、少し涙目になりつつ、すごすごと自宅へ戻っていく。
それを見送って、セイバーが凛に目を向ける。
「リン……」
セイバーがじっと凛を見つめ、目で訴えているようだ。
「大丈夫よ、アーチャーがいるんだもの。ね、アーチャー?」
「もちろんだ」
「あなたが大火災の生き残りですか?」
「たった一人、って本当?」
「他に生存者は、本当にいなかったんですか?」
「助けようと思いました?」
「あなたはどこにいたんですか?」
「火からはどうやって逃げました?」
「逃げ道はあったんですか?」
次々と飛び出る質問に混乱する。
何が訊きたいんだ、この人たち……。
囲まれてしまって動けない。
どうして、こんなことになってるんだ?
今日は俺が夕飯を作る当番だから、一成からの頼まれごとも早く切り上げて、商店街で買い物をして帰ろうと思っていたのに……。
校門のところに人がたまっていて、何人かの生徒がマイクを向けられていた。それを端目に通り過ぎようとしたら、生徒の一人が俺を指さした。
(え? 何?)
そこにいる大人たちが一斉に俺を見る。
家路につこうとする俺の前をカメラを構えた人が塞ぐ。それを避けると今度はマイクを持った女の人。
「え? え? ちょっ、な、なに?」
混乱したまま囲まれて、それでも歩こうとしたら、誰かに強く腕を引っ張られて、学校の塀に押し付けられた。
「ちょっとぉ、お話くらいいいでしょ? 家帰ったってどうせ暇なんだし、逃げないでよ」
なに言ってんだ、この人。
俺、暇じゃないし、逃げてもないだろ。
「顔NGだったら、ぼかし入れとくから、ちょっとなんか聞かせてよ」
馴れ馴れしく言って、俺の腕を離そうとしない。カメラを構えたままで、見える口元はにやけている。
それから、質問攻めが始まったんだ。
囲まれて右から左から次々と何か訊かれて、誰に何を言えばいいかもわからない。
(こわい……)
だんだん、狭まってくる人の輪が、囲んでくる人のきつい口調が、耳の中でワンワンいって、頭が痛くなる。
脚の力が抜けてくる。掴まれた腕も振りほどけない。
(アーチャー……、こわい、俺……、アーチャー……アーチャー……)
塀にもたれて、どうにか立っている状態で、アーチャーのことしか頭に浮かばない。
(令呪はダメだ……、使ったら、ダメだ……)
令呪を使い切ったら、アーチャーが消えてしまう。
(そんなの、嫌だ……)
息が苦しくなって、雲が流れる空を見上げた。
どうしてだろう、アーチャーの固有結界の空に似ていると思った。
「……アー……チャー……」
掠れた声が喉から洩れた。涙が滲む。
“士郎!”
声が聞こえる。アーチャーが俺を呼ぶ声……。
上空に人の影。
翻る赤い外套。
俺の理想の姿。
同時に急ブレーキの音も聞こえた。人のどよめきと戸惑いの声が聞こえる。
たん、と重力を感じさせない着地音がして、俺を囲んでいた人との間に舞い降りた影は、俺の大切なサーヴァント。
「士郎、遅くなってすまない」
(アーチャー……)
ざわっと人の輪がどよめく。まるで空から舞い降りてきたかのような男に、記者たちは、呆気にとられているみたいだ。
俺はもう限界で、アーチャーに両手を伸ばそうとした。
「痛っ……」
カメラを持った男に、掴まれていた腕を強く引かれ、俺は引き戻されてしまう。
ゆらり。
アーチャーの纏う空気が変わった気がした。
「おい、落ち着け!」
青い髪の男が、アーチャーの肩を引く。
(ランサー?)
驚いたままの俺に、今度はアーチャーが大股で距離を詰め、俺の手をそっと取って、その胸に抱き寄せてくれた。黒い装甲が見える。
そして、肩にフワリとかけられた赤い外套。
(これ……)
その温もりに安堵する。
「うわっ! いてっ、なんだよ!」
「いつまで掴んでんだ、下衆が」
ランサーの低く唸るような声が聞こえた。俺をいつまでも掴んでいたカメラの男の手を外してくれたみたいだ。
「なんだ、君たちは! 我々は彼に取材を――」
「取材? んな、大勢で寄ってたかって、坊主怖がらせて、何が取材だってんだ?」
ランサーの目はきっと真紅に光って、この大人たちを睨み付けているんだろう。
その殺気立った瞳に、きっと普通の人間なら逃げていくはず。だけど、囲みが大きくなっただけで、遠巻きにして俺たちを見ている。記者魂って、凄まじい。
ランサーの舌打ちが聞こえる。一般人に手を出せないから、苛立っているんだろう。
「衛宮くん!」
校門の方から駆けてくる藤ねえと遠坂が人混みの向こうに見えた。
「うちの生徒にいったいなんの御用です? 警察を呼びますよ!」
藤ねえの気迫とその言葉に、記者たちは、ようやく諦めてくれたようだ。すごすごと機材を片づけはじめる。
「ちょーっと、待った!」
帰ろうとする記者たちに、藤ねえが掌を出す。
「写真とか映像、全部、没収させていただきますよー」
にこやかに言っているが、その目は笑っていない。善良な記者は仕方なく記録媒体などを差し出しているようだ。
「全部は無理ね」
「そうだな」
遠坂がぼそりと呟くと、それに答えるランサー。あちこちで何かが弾ける音がする。二人が魔術で記録媒体を破壊したみたいだ。
「あまり、やりすぎるなよ」
アーチャーが窘めてはいるが、止める気はないみたいだ。
「坊主、平気か?」
ランサーが心配そうに訊いてくれる。小さく頷くことしかできないでいると、アーチャーが大丈夫なようだ、と代わりに言ってくれた。
アーチャーの腕の中で、俺はもう意識が遠のいていた。
***
「まったく、なんだっていうの、今さら!」
凛が青筋を立てて怒りを爆発させている。
「今まで話題にならなかっただけで、ああいう人たちが調べようと思えば、いくらでも知る手段があるんでしょうね。病院の記録や、医師・看護師から話を聞いたりして」
藤村大河は静かな口調で言ったが、その声は沈んでいる。
「シロウは大丈夫でしょうか?」
セイバーが心配そうに訊いてくる。
「今は眠っているだけだ」
オレの答えに、セイバーは頷いて箸を動かす。食事はいつもの三分の一も進んでいない。
「今のところ、異常はないぜ」
周辺の見回りをかって出たランサーが居間に入ってくる。
「うちの若い連中が周辺を見張ってくれているから、ここまで押しかけてくることはないと思うんだけどね」
大河の言葉に、そうだな、と言いながらランサーも座って食事をはじめた。
「学校はしばらく休んだ方がいいかもしれませんね、先生……」
凛が深刻な顔で呟く。
「そうね。学校の前に陣取ることはないかもしれないけど、登下校中に来ないとも限らないし……」
大河の考えに、みな同意見だった。
「ノートは私が取っておきますし、帰りに寄るようにもしますから、藤村先生、そういうことで、今日のところは解散しましょう。私たちがここにいれば、かえって衛宮くんが気を遣って休めないかもしれませんし」
凛に主導権を取られて大河が、少し涙目になりつつ、すごすごと自宅へ戻っていく。
それを見送って、セイバーが凛に目を向ける。
「リン……」
セイバーがじっと凛を見つめ、目で訴えているようだ。
「大丈夫よ、アーチャーがいるんだもの。ね、アーチャー?」
「もちろんだ」
作品名:LIFE! 9 ―Memorial― 作家名:さやけ