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Strangers(5/2 SCC発行本サンプル)

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見慣れない「ホーム」へ帰って来たのは、だいぶガタがきている正門の看板をもぎとっていきそうな勢いで大風が吹いた翌日のことだった。それからしばらくするとどんどん気温が上がって、どっかの緑化団体から寄贈されたという、中庭に一本だけ植わっている桜の花が咲いた。桜が咲くと、ホームでは皆がなんとなく浮き足だつ。
その空気へ混ざるのが微妙で、でもどこか行くあてがあるわけでもないから、この頃は、古くてもう使われなくなっている旧舎によく潜りこむ。入り口が封鎖されて立ち入り禁止にはなっているが、俺は鍵がひとつだけ壊れている一階の窓を見つけていた。

取り壊しのめどが立たずに放り出されたその家屋は皆から忘れられているらしく、見まわりが来たことはない。それにたとえ誰か入って来ても、建物の中には見つからないようにうまく隠れられる場所があった。俺はそういう場所を見つけるのが昔から得意だった。もう暮らすことがないと思っていたこういう養護施設に戻ってくるのはなんだか変で、なつかしいというよりは場違いな感じがした。

貼り付けられたビニールシートが半分剥がれた階段をのぼり、二階の奥の部屋をドアを開ける。そうすると、備えつけのクローゼットの陰に隠れるようにして座っている人影が見えた。また、あいつだ。性懲りもなく。
構わずにどかどか入って行くと、床の埃が舞いあがった。うっとうしそうに目を細めた涼野が、膝の上に乗せていた漫画雑誌を閉じて脇へおいやる。よくもまあ、こんなに我が物顔でいられるもんだ。その放り出した雑誌だって、俺んだぜ?

「騒がしいな。もう少し静かに入って来られないのか」
「なんでまた、お前がここにいるんだよ」
「私のところには、プライベートな空間がないんだ。使える場所を使って何が悪い。第一ここは、きみが所有している場所でも、貸与されている場所でもないだろう」
「だからって、人んとこの敷地までよくも毎回入り込んで来れるなって言ってんだよ」
「ここの施設は、裏口のフェンスが一部破れているからな。不法侵入を防ぎたいならば、あれは塞いだほうがいい」

そうじゃなくて、と言いつのろうとして、途中で面倒くさくなった。こいつは頭は悪くないのだが、どうも話しが通じないところがある。

「だいたいお前んとこなんか、ちょっと一人にしといてくれっつったら、相部屋の奴が気ぃ利かせて出てくだろうが。もとチームメイトの奴だろ」
飲み物を持ち込んで、出て行く素振りも見せずに居座っている涼野にそう言うと、これは通じた。
「そうだな。だが、私にそんなことを要求する権利はないな」

権利。淡々と無表情に切りかえされて、うんざりした気持ちになった。俺たちにはもう、ふつうに個室を使う権利や、何かを優先的に与えられる権利はないってわけだ。まあ、当たり前だろう。だって、果たすべき義務だってないんだから。今の俺たちには、誰も何も望まない。

ジェネシスの敗北がテレビで配信されてからすぐに、知らない大人が樹海の基地施設にどやどや押し寄せて来た。そいつらは「こんな異様な環境下で、なんて可哀相に」だとか勝手にひとしきり同情したあと、もう宇宙人はおしまいでいいんだよ、と言った。晴れやかに、とっておきの朗報を告げるみたいに。
その瞬間に、あの場にかかっていた何か大きな魔法が解けた。というか、とっくに解けていた魔法をぎりぎりのところで繋ぎとめていた空気を、入ってきた奴らの善意がばちんと破ってしまった。勝手に入り込まれたというのに、そいつらに敵意も向けられず、しばらくのあいだ皆呆然としていた。
俺たちは、一瞬で悟ったんだった。父さんが、自分は間違っていると認めてしまったこと。チームのランクも、普段の自分とは違う名前も全部意味がなくなったこと。自分たちが力のない、ただの子供だったってこと。

設備の整った練習施設は当然没収されて、俺たちはそれぞれ違う施設に別れて引き取られた。振り分けを決めるときに気を遣われたのか、同チームの人間は比較的同じ施設に引き取られていったことが多いように思う。

帰ってきた俺たちははじめ、誰も地に足がついていない感じだった。今までの価値観を全部捨てて、新しい場所でもう一度始めからやり直せ、と言われているんだから。青天の霹靂だった。でも、慣れないことはなかった。あそこへ集まっていた奴らは、良くも悪くも環境適応能力が人よりはるかに高い。そうでないと生きてはいけないっていうことを、皆ずっと昔から感覚的に知っていた。
ここへやってきた当初は気落ちしていたプロミネンスのメンバーも、事情聴取がひと通り終わり、騒がしかった周囲の声が落ちつくと、少しずつまた新しい生活に馴染んでいった。そうやって、追ってくる時間に動かされる。最初に養護施設に入ったときも、父さんにサッカーをやりなさいと言われたときもそうだったし、これからもたぶんそうなんだろう。そんなことは知っている。
でも、俺は納得がいかなかった。俺たちが最後に作ったチームがまだ誰にも、ジェネシスにさえも、明確には敗北していなかったから、ということがひとつ。もちろん他にも理由はある。

そして同じく納得していないらしい奴が、ここをかぎつけて気まぐれにやってくる。プロミネンスの誰が口を滑らせたのかは知らないが、カオス戦の後からはいがみあっていたのが嘘みたいにダイアモンドダストの奴らとまめに情報交換していたみたいだから(特に女子たちが)、誰だって同じことだろう。
涼野の目的は、明白だ。俺は足元に座る涼野を見下ろして舌打ち混じりに言う。

「夕飯の時間までに戻らないと、うるさく言われるんじゃないのかよ」
「君の口から、そんな説教じみた発言が出てくるのは不思議だな。それこそ、いなければ気づいた誰かが具合が良くないから寝ているとでも言い訳してくれるだろう? 君こそ、叱られるのが嫌ならば早く行ったらいい」

立ち上がり服の埃を軽くはたいた涼野は、 こっちに近づいてきて拾った雑誌を突き出すと、少しだけ目の色を変えた。ああ、嫌な目をするなぁ、と思った。意志がないわけじゃないのに、どこを見ているのかわからない、人間じゃないみたいなさめた目だ。それでいて、ある種の期待がこもっている目。特に訴えることも話すこともないのに、またこいつは俺と寝ようとしている。意味がわからない。どうしてこんなことになっているのかも。

俺は渡された雑誌を掴んで部屋の隅に放り投げる。首を傾けずにそれを視線だけで追った涼野は、あきれたふうな声音で「バーンはせっかちだな」と、言った。それから自分の着ていたパーカーに手をかけて、さっさと脱ぎ始めた。
何がバーンだよ、と思う。プロミネンスもダイヤモンドダストも、もうどっちもとっくになくなったっていうのに。俺はたまらなくいらいらして、それからやりたくもなってくる。そのうち、苛立っているのか、焦れているのかわからなくなってくる。怒りと性欲がよく似ている、というのは、最近知ったことだ。誰かにぶつけて吐き出せたら、たぶんどっちだってそう変わらない。