Strangers(5/2 SCC発行本サンプル)
涼野とこういうことになったのには、妙ないきさつがある。エイリア石の力を使って世界を圧巻するという父さんの計画に、俺たちがまだひとつも疑問を抱かず、熱心に宇宙人のふりをしていたときのことだ。俺に南雲晴矢という名前のほかにもうひとつ名前があった頃、涼野風介が涼野風介では、基山ヒロトが基山ヒロトではなかった頃のこと。
俺たちは「宇宙人」になったときにそれぞれ、俺がバーン、涼野はガゼル、ヒロトはグラン、という名前を父さんからもらっていた。「人間」として人前に出るとき以外には、誰もいない場所でもずっとこの名前を使って呼び合っていたから、あいつらを呼ぶときには、まだこっちのほうがなじんでいるぐらいだ。
名前を変えられると始めは芝居がかった妙な感じがしたけれど、そのうち慣れてくると気にならなくなった。そして、呼んでいる相手のことが本当に、年の近い子供じゃなくて、何かもっと別のものに思えてくる瞬間があった。能力別のランクと、それに応じて与えられる特権と、違う名前。
俺たちをそこから出した大人は、そういうのを全部ひっくるめて「洗脳」と呼んだ。俺はその切り捨て方にすごく腹がたったけれど、何も言い返すことができなかった。
その頃、俺たち三人が率いていた三つのチームは、多くの練習試合を勝ち抜き、いくつかの身体能力テストをクリアして、マスターランクと呼ばれるトップレベルの称号を与えられたばかりだった。
マスターランクは一軍以下のチームに対して絶対的な力を持ち、特にキャプテンだった俺たちは、自分たちの采配でそいつらに行動を指示することや、逆に制限したりすることが出来た。全てを父さんの意思に添うよう取りはからう、という前提のもとで。
それまでキャプテン以外は二人一部屋だった部屋割りがチーム全員一人部屋になったり、練習場もトレーニングルームもチームメンバーに使用が限定された個別の物が与えられたりと細かい特権もあったが、それは俺たちにとっておまけみたいなささいなことだった。父さんから特別に信頼されて、特別に目をかけられる、そのことこそがいちばん重要だったからだ。
この中から一チームだけが最終的に、ジェネシスと呼ばれる全てのトップに立つ称号を与えられるというので、俺たちは必死だった。同じランクの他の二人に追い抜かれないように、だしぬかれないように、いつも気を張っていた。毎日朝から晩まで、遊ぶどころか学校にも行かず、そのかわりに設けられた短い学習の時間と、生活するのに必要最低限の時間以外には、本当にサッカーばかりをしていた。
そんなある日、俺は珍しくヒロトに……正確にはヒロトではない「グラン」に呼び出された。「話しがあるから、消灯時間のあと、人目につかないよう部屋まで来てくれないか」と、いうのだ。
練習場へ向かう途中、入れ替わりで自分たちの部屋がある棟へ戻ってきたグランに通路でそう声をかけられたとき、自室に呼び出されるのは妙だなぁと思った。ふだん父さんからの指示を受けて今後の方針について話し合うときは、だいたいマスターランクが集まるための別室を使うことになっていたからだ。
でもまあ、ガゼルに聞かせたくない話しでもあるんじゃないかと、俺はのんきに受けとめていた。ガゼルはその頃ちょうど、体調が悪そうに見えることがよくあった。食堂で飯を食っているときにみるみる青ざめ、投げ捨てるようにトレイを置いて突然出ていってしまったりするのだ。調子が悪いのかと聞いても、別に問題ないとしか返ってこない。確かにプレイがむちゃくちゃに乱れているというわけではなかったが、様子が変だから引っかかってはいた。
俺たちは別に友人ではなかったが、顔を合わせるたびにいがみあうような面倒くさい関係でもなかった。利益があると思えば相手の考えを聞くことも、その場にいない奴の調子について、わざとそいつを省いた状況にして話しをすることもあった。だからそのときも、ちょっとした情報交換のつもりでいたのだった。
作品名:Strangers(5/2 SCC発行本サンプル) 作家名:haru