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オリヴィエの剣と、剣の祈り

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 瞬きもなく、涙はこぼれ、ユーリだけが笑った。
 言葉の要らない理解は、幸いであり、災いであった。

 泣いたのはあれきりだ、とフレンは思う。
 デスクワークに馴染み過ぎてしまった右手の下で、ユーリは目を伏せていた。
 現実が少しだけ遠かった。

 「君はこれからどうする?」

 フレンのその問い掛けに、ユーリは長い、長い沈黙を置く。
 そして息苦しそうに口を開いて、深く息を吸った後に、叶うなら、と掠れる声で言った。

 「どっか遠い処に」
 「、…独りで行くのは、駄目だ」
 「来るならいくらでも待つさ」
 「まだ此処から動けない僕をか」
 「お前が傍にいるなら待つのも苦じゃない」

 普段の鷹揚な態度もなくユーリは言う。
 どういう意味だと問い質すべくもなく、フレンは泣きそうになっていた。そして消え入るような謝罪の声がユーリの口から遅れて洩れるのを聞いて、フレンは唇を噛み締めた。
 その小さな謝罪が、何よりもユーリを小さく、弱いものであるように思わせた。
 見た目は何も変わってはいないのに、風は招き入れられたのだと。

 それは唐突だが、いつかは必ず訪れる。
 先人の言葉は的中する予言であり、不滅の呪いのようなものだ。
 それ、と指されるものは離別や死とはまた異なる別のものであり、人が生きていく長い時間の中で緩やかに損なわれていく何かの齎すひとつであり、人はそれを遅延させることはできても避けることはできない。そしてその点ではやはり性質としては離別や死にとても似通っているが、それでもそのふたつからは完全に乖離している。そういうものがこの世にあることをフレンもユーリも知っていて、フレンは遭遇せず、ユーリは遭遇した。事実としては、それだけだった。
 予感もなく、風のように訪れて、去っていくばかりの。

 小さな声で、弱弱しくユーリが呟いた。
 「こんな気持ち、お前はこの先知らずに済めばいいのに、なぁ」

 視界を塞ぐフレンの手を上から押さえたユーリの、微かに震えている手の甲に、フレンはそっと唇を押し付け、騎士の儀礼めかして額づいて、冷え切った手を温め、掌の下に感じる濡れた感触をこの掌の持つ温度で乾かすことができればいいと願った。

 その日は訪れるだろう。
 だって僕らは人であるのだから。

 (その日が来るのなら、)

 遮ってしまった光の温もりが、間接的にでも伝わることを、
 フレンは長く、長く、祈り続ける。

 (それを至福と思ってしまう僕を、君は赦してくれるだろうか)







 それは言葉のない、唇を必要としない祈り。