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美月~mitsuki
美月~mitsuki
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時津風(ときつかぜ) 【一章】

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 水臭い、と言われ赤司は沈黙した。その言葉をまるで口の中で噛み砕くかのようにしばらく黙っていたが、やがて観念したように息を吐く。
「そうか・・・いや、そうだな・・・。実渕の言う通り、俺は人に頼る事には慣れていない。」
 赤司がそう言うと、実渕はうん、と頷いた。
「そうよー。私達だっていつも征ちゃんに頼っているんだから、たまには征ちゃんも私達を頼りにして?」
 その瞬間、赤司は何かとてつもないものを見た様な顔で実渕を見た。実渕が不思議そうな顔をする。だが赤司のそんな表情はほんの一瞬のもので、次の瞬間にはもういつも通りの落ち着いた笑みに変わっていた。
「ありがとう。実渕は大人だな。こうして話していると、色々と学ぶ事が多いよ。」
 何の他意もない素直な気持ちとして言ったであろう赤司に、実渕は思わず吹き出した。
「もう、征ちゃん!それ全然褒め言葉になってないわよ。私、これでも一応先輩なんですけど?」
「あ・・・すまない。そういうつもりで言ったのではないよ。」
 赤司は自分の言った言葉に自分で驚いた顔をし、終いには参ったなと、くつくつ笑いだした。
 こんな年相応な赤司の表情は初めて見たような気がする。そして自分も又、こんなに寛いだ気持ちで赤司にものを言うのは初めてかもしれない。そうしないようにと意識してきたつもりでも、無意識下では自分も赤司を取り囲む大勢の人間達と同じ様な目で彼を見ていたのかもしれないと実渕はこの時気付いた。そして改めて、赤司が探し出そうとしている?納得のいくフォーム?が見つかればいいと願う。
「ところで俺に何か用だったんじゃないのか?」
 いつも通りの凛とした声で不意に問われ、実渕が我に返った。そうだった、彼を訪ねたのは自分の方だった。半ば強引に思考を切り替えると、実渕は慌てて応えた。
「ええっと・・・いいえ、いいの。夜にでもまた出直すわ。次の練習試合の件でちょっと相談事があったんだけど、後でも構わないから。少し時間をとらせるかもしれないから、征ちゃんが戻って来てからの方が私も都合がいいし。」
「そうか。すまないが、そうして貰えると助かるよ。俺はそろそろ出なければならない。迎えの車を待たせているんだ。」
 腕時計にちらりと目を遣りながら赤司が言う。
「出掛けに引き止めてごめんなさいね。今日は一日オフなんだから、ついでにゆっくりしていらっしゃいな。」
 実渕は数寄屋袋をそっと鞄の奥に仕舞う赤司にそう言った。赤司は夏の日差しが差し込む窓を背に実渕の方へ向き直ると、ともすれば幼くも見える顔をゆるりとほころばせる。
「そうだね。時間が許せばそうさせて貰うよ。戻ったら声を掛ける。遅くとも夕食の時間までには戻るつもりだが、何かあったらメールで連絡をくれ。」
 赤司はそう言って、手にした携帯電話を実渕に示した。
「了解。いってらっしゃい、気を付けてねー。」
 部屋に鍵を掛け、出掛けて行く後ろ姿に手をひらひらと振りながら、実渕は赤司を見送った。

 『母が迷わず真っ直ぐに逝けますように』

 くっきりとした墨文字で書かれた、十一の年の赤司の心願が実渕の脳裏に浮かんでいた。