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東方神路録

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第一話



「はぁ……っ」
 暗がりの森に意識と身体を誘われてからかれこれかなり時間が経っていた。もう完全にバテている。
 何が起こったか未だに理解できていないが、これだけは分かっている。

 ───ここは絶対ヤバい

 森と判断するには充分すぎるほどに成長した木々が、月明かりさえも遮り、足下の状態も分からない。
 確かに彼───金沢凪(かなざわなぎ)───は先程まで自らのベッドで横になり眠りこけていたはずであった。それがどうなって────
 事態を飲み込むだけの余裕も無く、ただ己の恐怖心と闘いながら必死に足を進めていたのである。

 そして遂に、月の光が差し込むところへ───

「ぶはっ!……ああ怖かったああぁ……」
 先程とは一転して、広い野原が広がっている。──助かった!本能的にそう思っていたのだった。

 だがその思いは、唐突な出会いによってかき消された。
「おー、人間?」
 妙に間延びしたその声に、凪は驚く。そしてその声の主を見やった。
 ───女の子?こんな時間帯に、しかも一人で───
 頭に赤いリボンを着けた、金髪の女の子だ。白黒の服をまとい、下は黒いロングスカートを履いている。凪にとっては何だか不思議な格好である。また、彼女のポーズもまた一段と不可解さを深めていた。

 例えるならば、磔《はりつけ》にされたキリストのように両手を上げている。何とも間の抜けた様子で、こちらをまじまじと見ている。
 とはいえ、このまま睨み合っていても仕方ないので、とりあえず話しかけてみる。

「あー……、貴女は誰ですか?」
「人の名前を聞く時には、先に名乗るのが道理じゃあないのー?」
「う……」
 その間延びした喋り方で正論を言われると、ちょっと腹が立つ。ここは抑えて、ひとまず先に名乗ることにした。
「お、俺は金沢。金沢凪だ。……それで、君は?」
「ナギ?不思議な名前」
 会話にならない。
「君は?君の名前は?」
「あー、私はルーミア」
「ル……ルーミア……?」
「そう。ルーミア。妖怪なの」

 ひぇ~、外国人かなぁ……ん?今なんて───
「妖怪!?」
「そうだってば」
 ルーミアが呆れたように答える。───なんだこりゃ!夢かよっ!
「え、え?じょ、冗談でしょ?」
「あんまりしつこいと喋れなくするよ?」
 うわあ辛辣な冗談────じゃないなこれは。とりあえずここは素直に従う事にしよう。
「わ、分かった。ルーミアは、妖怪なのか。それで、ここはどこなんだ?」
 そう聞くとルーミアは少し不思議そうに首を傾げた。相変わらず手は下がらない。
「林の前の平野」
「いやそうじゃなくてね……」
 どうも妖怪には教養が無いようである。しかもこの子、森を林と言い始めたぞ。
「んー、あんた──凪?だっけ?めんどくさいからいいや。あんた、他所者なの?」
 もはや初対面の凪をあんた呼ばわりする辺り、完全に教養が無い。
「い、いや軽く記憶が飛んでて……」
 嘘は言ってない。
「そーなのかー。まあいいや。ここは幻想郷《げんそうきょう》だよ。……思い出した?」

 げ……げ……?

「幻想郷?いやわっかんねぇな……」
「もー、あんた一体どんだけ高い所から落ちたのよー」
 別に高い所から落ちて記憶障害になったわけじゃない。
「と、とりあえずさ、ルーミア。人気のある場所に連れて行ってくれない?ここ、暗くて怖いよ……」
「あのさあ、私妖怪って言ったでしょ?しかも夜行性だし、月明かりもあるし。そもそもあんた男でしょ?一人で行きなよ」
「ええ……」
 妖怪とかもうよく分かんないし。
「ここから南に行けば人里があるから、そこでどうにかしてもらうといいよ。ま、この林の方にはもう来ない方が良いね。特に夜は」
 充分理解した。
「それにしても、さっきからそこの森のこと林って言うけど、そんなに小規模か……?」
 そう言うとルーミアはけらけらと笑い出した。
「なーに言ってんの。こんなの魔法の森に比べたら全然全然。あーははははは!面白いね、あんた。ま、あとは頑張ってね~」
 それだけ言い残すとルーミアは林の方へ飛んで行ってしまった。

 ───状況を整理してみよう。
 まず、目が覚めると林の中にいて
 ようやく抜けると女の子の格好をした妖怪がいて
 挙句の果てにその女の子にはあんた呼ばわりされる始末で

 ───カオスだ。とても正気の沙汰とは思えない。
 それでも、先程ルーミアが言ったことに嘘は無さそうなので、南を目指すことにした。

♪~妖魔夜行

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作品名:東方神路録 作家名:Alice