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好意の対義語

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「無視すればいいじゃない」

 静雄の眼前に湯気のたつコーヒーを差し出しながら、新羅はこともなげに言い放った。
 差し出されたスチール製のカップは、静雄のためにこのマンションに用意されたものである。
 脆い陶器製のカップと違い、スチール製なら壊されない、と思っているわけでは勿論ない。
 ただ単に、スチール製のほうが、壊れた時に片づけるのが簡単だからだ。
 そんな理由で自分のために用意されたカップを受け取りながら、静雄は眉間にしわを刻んだ。
「無視できるなら、とっくにしてる」
 なみなみと注がれたコーヒーを一口すすり、静雄は新羅に答えた。
「あいつが池袋にいると、池袋中がノミくせえんだよ。においがしたと思ったら、勝手に視界に入ってきやがるんだ」
「そんな君なら、この本のなかからウォーリーを探すのなんて簡単だろうね」
 顔面に血管を浮かべつつ、無意識に手の中のスチールカップを握りしめている静雄に、新羅はテーブルの端に置かれた一冊の本をちらりと見やった。
「なんだ? ソレ」
「ああこれ、知らない? 昔はやった、『ウォーリーを探せ』ってやつ」
「知らね」
「見る?」
 新羅に差し出されたそれを受け取り、静雄は何の気なしにぱらりと表紙をめくった。
 開いたそのページを見たとたんに、苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべる。
「……なんだ? この虫みたいなのがいっぱいいる絵」
「よく見てよ、虫じゃないよ。ちょっとカマキリっぽいけど、それ人間の絵だから」
 新羅にそう指摘され、静雄は細かく描き込まれたその絵に眼を凝らした。
「ほら、一枚の絵の中に人間がびっしり描いてあって、そこからこの人を見つけ出す遊びなんだよ」
「……どれも同じに見える」
「似たような人がいっぱいいるけど、そっくり同じなのは一人だけなんだよ」
「…………ふーん……」
 静雄は三十秒ほど本に眼を凝らしたあと、あっさりと本を閉じて新羅に投げた。
「駄目だ、イライラする。だいたいなんで、似たような人間がこんないっぱいいやがるんだ」
 この本の存在意義を根底から否定する言葉を吐きながら、静雄は眉間をもみほぐすように眼を閉じて指をあてた。
「まあこれ、難しいやつなんだよね。簡単なのもあるんだよ」
 そんな静雄に笑いながら、新羅が本を受け取ってぱらぱらと眺める。
「広い池袋から簡単に一人の人間を見つけ出すくらいだから、これくらい簡単かと思ったけど。まあ、君のは臨也限定のセンサーみたいだからね」
 めきょ。新羅の言葉に呼応するように、静雄の手の中で至って軽い音がした。
「静雄。そのカップ、安くはないよ?」
「……悪い」
 謝罪の言葉を述べながら、静雄は自分の指の形に変形したカップを見た。
 カップは変形してはいるが、中身の液体はこぼれてはいない。
「まあまだ使えそうだし、別にいいだろ。そもそもテメェがノミ蟲の名前出すのが悪い」
「何その俺様理論。……まあ、どうせそれ使うのは君だけだから、別にいいけど」
 特に拘る風もなく、新羅はあっさりと流した。
 もとより、静雄の手に渡すものは、渡した時点から壊れることを想定している新羅である。今更カップの一つくらい、どうということもない。
「カップのことはおいといて。本題に戻るよ?」
「……本題ってなんだ」
「君ねえ、自分が相談に来たんだろ。その態度はないんじゃない?」
「俺が相談に来たのはセルティになんだけどな」
 本題を忘れた自分を棚に上げ、変形したカップから静雄がコーヒーをすする。
 いっそすがすがしいほど悪びれない静雄に、新羅はふうとひとつ溜息をついた。
「まあ、セルティに会いに来たら僕しかいなくて落胆する君の気持は、そりゃあ僕には痛いほどよくわかるよ。僕が君の立場だったら、そりゃもう天が堕ちるかと思うほどに嘆き悲しむさ」
 一息に滔々と語り、新羅は手に持っていた本をテーブルに投げた。
「君はたぶん、まあ新羅でもいいやって気持ちで僕に話したんだろうけど。話された以上、僕は僕の考えを言わせてもらうよ」
 ソファにゆったりとかけなおして足を組み、新羅はすっぱりと冒頭の言葉を繰り返した。
「臨也のことなんか、無視すればいいじゃない」
「だから、それができりゃ苦労はしねえって」
 臨也が池袋にいると思うと、どうしようもなくイライラする。なにか良からぬことを企てているのではないかという勘繰りももちろんある。過去の因縁も関係ないとは言わない。だが、そのような理由を考える以前に、臨也の存在を知覚した時点で、静雄の中に爆発するかのように暴力的な感情が噴出するのだ。
 静雄の返答に、水掛け論になるのを予想しつつ、新羅は二つ目の溜息をついた。
「静雄。これはもう有名な理論だけどさ。好きの反対は嫌いじゃない、無関心だよ」
 ぴ、と人差し指をたて、新羅は静雄の返答を待たずに言葉を続けた。
「嫌いという感情は、相手のことを強く思っていることにかわりないからね。……それに臨也にはたぶん、自分に無関心にされるのが一番こたえると思うな」
 たとえ静雄からであろうと。いや、自分が目の敵にしている相手から無関心にされることのほうが、こたえるはずだ。
「一度、みんなで集団無視とかしてみたら面白いかもね」
 とても残酷なことをさっくりと言い放ちながら、新羅はけらけらと無責任に笑った。
「むしろ、臨也が池袋に来るたびに律義にかまいに行く必要がどこにあるのかのほうが、僕にはわからないよ」
 とても客観的な意見を述べる新羅に、静雄はふてくされたような表情を浮かべた。ソファの背もたれに背を預けて、ぬるくなったコーヒーを一気に飲み干す。
 新羅の言うことも、解らないではないのだ。
 だが、それほど簡単に制御できるならば、初めから相談になど来はしない。
「……邪魔したな」
 変形したカップをテーブルに置き、静雄はソファから腰を浮かせた。
 それに合わせ、新羅も見送るために立ち上がる。
「はいはい。まあ、僕もちょうどセルティがいなくて暇だったからさ。セルティと二人の時間を邪魔されるのは嫌だけど、こういう時ならたまになら来てもいいよ」
 新羅のセリフの中の強調された部分に苦笑を洩らしながら、静雄は玄関の自分の靴に足を突っ込んだ。
 無茶ばかり言う旧友の弁には、だがしかしうなずくべき部分が確かにある。
「……てめえの言うとおり、一遍無視してみるのもいいかもな」
 静雄はそう言いながら、玄関のドアをゆっくりと開いた。
 今日は快晴だ。開いたドアから眩しい陽光が差し込み、静雄は思わず眼を細めた。
 目が眩しさに慣れるのを待って、ドアを押し開く。

 そして、ドアを開けたその外に。
 忘れたくても忘れられない、記憶にこびりついて離れない仇敵の顔があった。
「………………」
「………………………」
 仇敵は、ドアチャイムを鳴らそうとしていたのだろう、人差し指をいっぽん伸ばした格好のまま、間抜けな顔で硬直している。
 静雄もまた、思ってもいなかった展開に、ドアに手をかけたまま動きを止めていた。
 しばし落ちた静寂を、破ったのは新羅の能天気な声だった。
「あれ、臨也。話をすればなんとやら、だね」
作品名:好意の対義語 作家名:橘すぐり