好意の対義語
今日は何の用…と新羅が言葉を続ける前に、アクションを起こしたのは静雄のほうだった。
「ノミ蟲ぃぃぃいい!!!!」
はるか千里を響きわたろうかという怒声を上げ、静雄はドアのすぐ外に常備されている消火器をつかみ取っていた。それなりに重量のあるはずのそれを、小石でも投げるかのように軽々と臨也に向かって投げつけている。
臨也はといえば、静雄が消火器を振り上げた時点でとっくに身をひるがえして退転していた。
「無視、するんじゃなかったの?」
「できるかこんちくしょう!! 待ちやがれノミ蟲ぃぃぃい!!」
新羅の問いかけに、つい先ほどの会話をあっさりと覆した返答を返しながら、静雄は臨也の後を追って駆け出した。
見つければ勝手に身体が動く。
これはどうしようもない衝動なのだ。
意識的に無視しようなどとする前に、心が、身体が、自動的に動く。
「今日こそ殺す! 覚悟しとけ臨也あぁぁあ!!」
顔面におびただしい数の血管を浮かせながら雄叫ぶ静雄の口元は、それでも微妙に笑っていた。
「ままならないものなんだねえ」
一人残された新羅は、二人の走り去った方向に眼を向けていた。
耳を澄ませば怒声がかすかに聞こえるが、すでに姿は影も形も見えていない。
「まあ……ドアをちぎり取らなかったのは僥倖かな」
穏やかな微笑みを浮かべながら、新羅はそんなことをつぶやいた。