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美月~mitsuki
美月~mitsuki
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時津風(ときつかぜ)【四章】

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「『このままの自分で終わらせたくない』。あなたはそう仰いました。あなたが一番負けたくない存在。それはライバルでもチームメイトでもない、自分自身。違いますか?」
 声が出なかった。吐き出そうとした空気は上手く声にならず、そのせいか胸の奥の方がずしりと重くなる。
「背負うものがどんどん重くなり、自分が自分でなくなっていくような不安を抱えていても、それでもあなたは自分を叱咤し前に進もうとした。?もう一人の自分?を作り上げたのは自分の心が壊れてしまうのを防ぐため。どのような形であれ、あなたは必死に自分であり続けようとしたのです。それはあなたが生きる事の大切さを知ったからではありませんか?お母様の死を通してあなたは生きるという事から逃げ出さずに正面から向き合おうと決めた。それがお母様への一番の弔いになると思ったから。どんなに辛くても、お母様から引き継いだその命を大事にしたかったのでしょう。誠実なあなたらしい想いです。」
 凛とした声だった。彼女の声が赤司の耳を伝い、心にひたひたと沁み込んで来る。
「あなたは決して弱くなどない。自分自身に負けまいと必死に走り続けているあなたはむしろ強い人です。母親にとって子供はかけがえのない存在。生きていてくれるだけで充分なのに、そうして己と向き合う強さや人を想う優しさを学ばれて─── 」
 そこで彼女は赤司の瞳をまっすぐに見つめ、陽の光のような笑顔を見せた。
「今までよく頑張ってきましたね。お母様はきっと、あなたを誇りに思っている筈です。あなたはこんなに逞しく自分の力で前に進んでいる。だからそんなに自分を追い詰めないで。大丈夫、あなたのその頑張りを見てくれている人は必ずいます。あなたは決して独りではないわ。恐れてもいい、不安になってもいい。そういう自分を否定しないで、その感情を味わい尽くしなさい。自分が何を見てどう感じるのか、それを知る為にあなたは今、生きている。迷っても、躓いても、あなたの道はあなたの前から無くなったりはしません。だから何も心配しないで、あなたはそのまま真っ直ぐ前を見て進めばいい。顔を上げなさい。あなたには自分の命を生き抜く力があるのだから。」
「あ・・・」
 どうして、と言おうとした。
 どうして彼女がそれを言うのだろう。今まで誰もそんな事は言わなかった。
 『赤司征十郎』は特別。家柄にも才能にも恵まれた存在。
 だから出来て当たり前だと周りの人間は皆、口を揃えて言った。だから走り続けた。止まる訳にはいかなかった。
 自分が一体何の為に生まれて来たのか、この世に生を受ける前にあらかじめ決めて来た筈の自分でさえ分からなくなってしまったというのに。
「──っ・・・」
 くしゃりと赤司の顔が歪んだ。
 胸の奥の水鏡が波立ち、鏡の向こうの自分の姿が揺らぐ。強い光を宿す彼のその両目も揺れているのが見えた。喉の奥が閊え、熱いものが込み上げて来る感覚に赤司はあの夜を思い出す。母が亡くなったあの日の夜。
 ああ、これは───
 そう思った瞬間にはもう、赤司の瞳から零れ落ちていた。嗚咽を堪える事さえ忘れ、赤司はひたすら肩を震わる。
 傍に座る彼女の瞳がひっそりと寄り添うようにそんな赤司を見守っていた。