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雁字搦めの君

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キィ、と音て臨也は書斎の椅子に腰掛けた。
スッと足を組み、左手で頬づえを付きチェスボードに並ぶ奇妙に置かれた駒たちを見つめた。
背景には夕日に照らされた新宿の姿があり逆光を浴びた彼のニヒルな笑みの不気味さをなお引き立たたせた。


「ゲームとしてはとても、楽しいんだけどね」
トントン、と右手の人差し指でチェスボードを叩いた。
「でも、少しおふざけが過ぎちゃったかなあ」
そのまま右手で駒を動かした。
巫山戯たゲームはここまでだよ、と呟きながら。



「はあっ、、お待たせ、しましたっ!」
酸素を肺いっぱいに吸い込み正臣は肩で息をした。
その都度、綺麗に染められた金の髪も一緒に揺れた。
「俺も今来た所だから」
クシャ、と左手で正臣の髪を撫でた。
その手の温度が心地よくて正臣は少し目を細めた。
「何すか、その漫画みたいなセリフ」
彼の些細な気遣いが嬉しくて、緩む口元を隠した。
「はいはい、さてと行くぞー」
そんな正臣の心中を知ってか知らずか彼は優しく微笑み右手の煙草を携帯灰皿へ捨てた後、正臣を手招いた。


「静雄さん、このチョコのやつうまいっすね!」
薄い黄色の生地に包まれた、クリームと苺とチョコのクレープを正臣は一口、パクっとかぶり満足そうに笑顔を静雄に見せた。
「そーか、仕事の途中に見つけて、一回来てみたかったんだ」
けど、1人じゃどうも恥ずかしくてな、と静雄は正臣へと微笑みかけた。
恐らく、正臣はこの微笑みに安心して心の安らぎを覚えていた。
これがなんと言う気持ちなのかもう本当は、どこかで解っていて。
もちろん、静雄とて同じ様に自分よりも幾分も幼いこの少年に対する気持ちの理由をわかっていて。
今はただ、少しずつ近づく距離が心地よくて、このままこの優しい時間が流れる事をただ願うだけ。
「そう言えば最近、紀田の友達はどうだ、元気か?」
恐らく、帝人と杏里の事だろう、と正臣は頷いた。
「ええ、元気ですよー、帝人は相変わらず奥手でちっともあの2人先に進まないんっすよー!」
脳裏に浮かぶ友人2人を思い浮かべか正臣は最近あった事や友人達と何をしたやこれをした、と静雄に話した。
その顔は、どこにでもいる様な高校生の表情で静雄は安堵の息を吐いた。



「今日はありがとうございましたっ」
正臣は静雄に頭を軽く下げた。
「こっちこそありがとーな、付き合ってもらって」
しゅぽっとジッポで煙草に火を付けた。
時計は午後7時を指しており、周りには人の姿もちらほらとしかなく皆家路を急ぐ様にも見える。
「また、いつでも誘ってくださいね」
「おう、気ぃ付けて帰れよ、俺はトムさんともう一仕事して帰るわ」
そういうと、ひらひらと手を振り正臣のへと背を向けた。
「はーい」
その後ろ姿を少しの間見送り、正臣は静雄とは逆の方向へと帰路に着いた。
楽しくて、少し照れくさくて
また、2人でなんで考えて正臣の顔は少し緩んだ。
「今日は、こっちから帰るかな」
なんだか、今日は気分がいい。
いつもより少し遠回りして帰ろう。
そして、正臣はいつもとは違う道を星空を見上げながら歩いた。
無数に広がる星がすごく、綺麗に見えた。
「、ってぇ!」
ふと、空を見上げて歩いていると誰かとぶつかった。
その拍子に尻餅をついた。
「あいたた、、って、すみま、、」
コンクリートで強打した臀部を摩りながら顔を上げた。
そこには和かに微笑み右手を差し出す男の姿があった。
やけに、夜の背景と溶け込んだ様な黒尽くめの男。
正臣がこの世で最も嫌う人物だった。
「い、、ざや、さん」
「やあ、正臣君じゃないか」
ぐいっ、と臨也は正臣の左手首を掴み立ち上がらせた。
「大丈夫かい」
ニヤリ、と笑みを浮かべたまま、
臨也によって立ち上がらせた正臣との距離は少しばかり近い。
「だい、じょぶです。失礼しました。」
長い間、臨也と交わっていた目線をふと、地面に移し臨也の横を通り過ぎようとする。
が、掴まれたままの左手首をぐっと引かれた。
「ぅ、わっ!!」
再び、正臣は大勢を崩した。
そして、ぽすっと臨也の胸の中へと身を預ける体制となった。
「なん、、何ですかっ!」
倒れかかった臨也の肋骨を正臣は両手で押し返した。
が、思いのほか彼の力は強く、自分より頭二つ分程高い彼に正臣は未だ抱きしめられる様な体制のまま臨也を睨みつけた。
「、、可愛くないなあ。ちょっとこっちにきてよ」
そんな正臣の様子を臨也はきょとん、と見つめ少しの沈黙の後掴んだままの腕を引き歩き始めた。
「ちょっと、、!臨也さんっ!何処に行くんですか、俺帰りますっ!!」
自分の腕を引いて強引歩き始める臨也に正臣はぶんぶん、と手を振った。
が、臨也はそんな事にも構わずひたすら足を進めた。



「ってぇ、、」
トンッの背中を押され正臣は少し唸った。
連れてこられたのは薄暗いビルとビルの間。
時計の針は8時前を指す。
辺りには人の姿は見当たらず表通りの明かりと月明かりが微かに差し込むだけだった。
「ちよっと何なんですか!」
壁と臨也に挟まれ、正臣は少し俯き苛立ちと困惑げ入り混じった表情を見せた。
「楽しかった?」
しずちゃんとの時間は、と臨也は不敵な笑みを浮かべた。
「なんで、、!」
なんで、知ってるんだよ!と言葉を紡ごうと勢いよく頭を上げた時、その言葉を発するより早く臨也の唇によって正臣の唇は塞がれた。
「んぅ、、!あっ、、ちょっ」
何度か角度を変えて進入してくる舌から正臣は逃げる様に舌を動かす。
その度た絡め取られ、どちらとも言えない唾液が混じり合った。
両手で臨也の体を離そうとするも両手首を拘束される。
ギリ、と臨也の手に力が篭り正臣の腕を締め付けた。
絡む唾液と、唇と腕の痛みに正臣の視界はチカチカし、気持ち悪さに身体の浮遊感をも感じた。
「あっ、、ふぁっ」
何か、反論しようとしても自分の口から出るのは自分の物ではないような声ばかりで。
「んっ、はあっ、はあっ、」
ちゅっと、リップ音を立てついばむ様にキスをした後臨也は正臣の唇から自分の唇を離した。
正臣の顔は少し、赤く紅潮し、肩で息をした。
少し、下を向き自分の袖口で唇を何度か拭いた。
「ねぇ、正臣君、今どんな気持ち?
嫌だった?嬉しかった?」
ピタっと動きを止めた正臣を臨也はさも満足そうに見つめた。
口角を少しあげて。
「何なんですか、、一体、、」
もう、俺には飽きたでしょう?
もう、満足したでしょう?
これ以上、俺の日常を邪魔しないで、、
と、消えりそうな声で正臣は呟いた。
「気にいらないんだよ、俺は」
涙で歪みそうな正臣の表情は更に絶望の色を見せた。
俺を利用して
弄んで、まだ足りないの?
もう、正臣に滲む視界を止める事など出来ず、言いたい言葉の一つもう声にならなかった。
「ねえ、正臣君」
そんな正臣を変わらぬ様子で臨也は見つめ続けた。
「久しぶりの、キスはどうだったかな」
そのひと昔前、正臣は臨也に色々な事を教えてもらった。
小さな事から大きな事まで。
まだ中学生だった彼に臨也の世界は不思議で眩しくて大きくて飽きのない世界。
そして、彼が自分の世界そのものなるのに大した時間は必要なかった。
「だんまりか、、 まあいいけどね、行くよ」
作品名:雁字搦めの君 作家名:ままま