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美月~mitsuki
美月~mitsuki
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時津風(ときつかぜ)【最終章】

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 文字を追う赤司の視線がほんの一瞬止まった。だがすぐに赤司はマーカーを持った手でぱらりと紙を捲ると次のページを開く。
「そう見えるかい?」
 いつになく思わせ振りなその言葉に、自然と実渕の期待度も上がる。
「そうね。私の目に狂いがなければ。」
 赤司はふっと笑うとマーカーのキャップを外した。データの上に数か所チェックを入れながら呟く。
「───とても懐かしい人に逢ったんだ。本当に突然、思い掛けない場所で。」
「あら、そうだったの?凄いじゃない。」
「ああ。もう逢えないと思っていた人だったから、嬉しくてね。つい話が弾んだ。とても有意義な時間だったよ。」
 そう話しながらその時の事を振り返っている様子の赤司に、実渕もつい笑顔になる。
「良かったじゃない。偶然は全て必然とも言うものね。折角再会したんですもの、また逢う約束はしたんでしょう?」
 その瞬間、赤司が顔を上げた。そのまま実渕を見ると、赤司はこれまで実渕が見た事も無いような晴れやかな笑顔を見せた。
「・・・勿論。また逢おうと約束した。」
 魂の約束。
 その言葉が胸をよぎる。次はどんな自分と彼女で出逢うのだろう。もしかすると今度は自分が親の立場となるのかもしれない。性別も違っているかもしれない。それでも構わない。いつかまた、きっと。
 そんな赤司に実渕は少なからず驚いた。先日赤司が実家から戻ったあたりから感じてはいたが、赤司は目に見えて表情が変わった。昨年のWC以降も随分と角が取れた印象はあったが、最近はこちらがドキリとするような顔を見せる。何よりも、その力のある瞳に何とも言えない輝きが加わった。これまでのどこか冷めた硬質の光ではなく、生き生きとした温かさのようなものが感じられるようになった。以前赤司が自分で言っていたように、少しずつ、だが確実に彼は何かを掴みつつあるのだろう。
「ねぇ、征ちゃん。」
「ん?」
「前に征ちゃんが言っていた『納得のいくフォーム』は見つかりそう?」
 データに目を通し終え、一度紙を外してきれいに揃えながら赤司は少し考え込んだ。
「そうだね・・・」
 トン、と最後にひと揃えし、再びクリップボードに挟める。
「はっきりとした形が定まった訳ではないが、とても良い追い風が吹いているのは感じるよ。」
 そう答えた瞬間、突如強い風が車内に吹き荒れた。
 ぎょっとして振り返る実渕の視線の先に、慌てた様子の根武谷と葉山の姿がある。何事かと他の部員達も騒ぎ出し、車内は俄かに騒然とした。
「ちょっと!あんたたち何やってんのよっ?!」
 金切り声を上げる実渕に葉山が叫んだ。
「うわわわっ、ごめん、レオ姐!!空気の入れ替えに少しだけ窓を開けようとしたら思ったより窓枠のスライドがキツくてさ・・・永ちゃんに開けてもらおうとしたら、いきなり全開になっちゃって・・・アワワ、まずい、まずいよっ、永ちゃん!早く閉めよう!」
「んな事言ったってよっ・・マジきっついんだよ、これ!!」
「早く閉めなさいよっ!!試合前のみんなに風邪を引かせる気?!」
 そんな三人の様子を赤司が目を丸くして見ている。風に乱れる髪を抑えようともせず、ぽかんと呆気にとられたように座っていたが、やがてくつくつと笑いだした。
「っ・・全く・・・お前達ときたら・・・」
「征ちゃん、笑い事じゃないわ!このおバカ達、何とかして頂戴!!」
 堪らず叫ぶ実渕に、赤司は席を立ちあがる。赤司と同じように呆気にとられて一部始終を見ていた他の部員達も立ちあがった。みんなで事態を収拾させようと集まり、やいのやいのと動き回る。
 進むバス。吹きすさぶ風の中、みんなが笑っていた。
 赤司はそんな部員達の姿を見ながら思う。

 
 
 ひとつ、ひとつ。
 自分が築き上げてきたもの。
 自分が進んで来たこれまでの道。
 大切な場所、大切な時間、大切な人。それらは全て自分の中にある。
 かけがえのない物は決して無くなったりはしない。
 
 自分として生まれて良かった。
 自分として生まれた事に誇りを持ち、顔を上げて生きて行こう。
 これからもこうして。
 ただ、一瞬一瞬を噛みしめながら。

 
 その為に自分は生まれて来たのだから。
 
 
 
 
 
 【完】

 
 
 

◇◆◇


 
 最後までお読み頂き、ありがとうございました。
 あまたある作品の中のひとつである本作に目をとめて頂き、こうして御縁を頂きました事に感謝致します。
 ありがとうございました。
 
 B.G.M
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