ルパン三世~赤い十字架~
プロローグ 記憶
まだ寒い春。海辺にある、古びたテラス。
そこで一人の男が虚ろな瞳を濁らせ、
ぼんやりと引いては満ちる波を見つめていた。
黒い帽子に、黒いスーツの男が煙草を燻らせながら彼の横にゆっくりと腰をかける。
「なんだ、ルパン…そのシケた面は。また不二子に振られでもしたのか?」
「ちげぇよ…なあ、次元。俺らがこの稼業やって何年になる?」
「…覚えちゃいないね。そんな事は」
「アイツの事も、か?」
「アイツ?」
ルパンの瞳が一瞬、波すらも消し飛ばしてしまいそうな程に殺気を宿す。
「俺がお前に会う前、そりゃあ酷いもんだった。子供も女も殺した」
「そんな昔話に俺は興味ねぇぜ」
沈んだ瞳のまま、ルパンは続ける。
「ちょうどお前さんとコンビを組んだばかりの頃の事、俺はよ、アン時鏡を見た。自分の鏡をな」
「あの事か。忘れちまえ、[自分]を殺した過去なんざ」
「そうはいかねぇ…まだ終わっちゃいないんでね」
ルパンは内ポケットから、奇妙な赤い十字架のペンダントを取り出し、力一杯握り締めた。煙草の灰と共に、その拳からぽたり、と血が垂れる。
「ルパン…お前…」
ルパン三世。
アルセーヌ・ルパンの孫。
世紀の大泥棒と至らしめた彼には
消せないもう一つの裏の顔があった。
それは…[殺し屋]
彼は思い出す。
今の自分を作り上げた過去を。
謎に見え隠れした本当の自分を。
シコリのように残った苦い経験と、内に眠る獣のような狂気を。
そして、一人の男の事を。
作品名:ルパン三世~赤い十字架~ 作家名:Kench