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「FRAME」 ――邂逅録2 弧愁編

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 エミヤが支えてくれたことで、倒れ込むことはなかったが、床にへたり込んでしまった。
 格式ばった魔術協会の連中に着ろと言われたスーツも動きにくく、きっちり締めたネクタイを緩め、士郎は舌を打つ。
「大丈夫か?」
 心配そうなエミヤの声に、士郎は情けなくなってきた。
「ちょ、調整が、難しいんだよ!」
 八つ当たりだとわかっていながら声を荒げてしまう。士郎は不貞腐れて怒りながら、沈みそうになる気分を誤魔化した。
「士郎」
 びく、と肩が揺れる。エミヤは急に下の名前で呼ぶようになった。慣れない呼ばれ方にも妙に疲れるというのに、さらに、エミヤは手を差し出してくる。
 その手は、いつかの握手を思い出させた。士郎は泣きたい気分になる。
 ともに戦った時間が、遠い過去のことのようだ。
(あれからまだ、三年くらいしか、経ってない……のに……)
 エミヤが伸ばした手を掴むことができず、士郎はただエミヤを見上げていた。
「まったく……」
 呆れたような声が聞こえ、身体が浮く。
「世話の焼けるマスターだ」
「ちょ、アーチャー! 何してんだ! 下ろせ!」
 士郎を横抱きにして歩き出したエミヤは、ぴたり、と足を止めた。
「なん、だよ」
 ムッとした顔でエミヤの横顔を睨む。
「懐かしい呼び方だ」
「あ」
 つい呼んでしまったことに気づき、片手で口を押さえる。
 ふ、と笑ったエミヤは、また歩を進めた。
「アーチャーって、呼ばれたいのかよ、アンタ。ああ、そっか、遠坂には入れこんでるもんな」
 揶揄を含んだ声に目を向けたエミヤは、ふん、と鼻を鳴らす。
「そういうことを言うとだな、凛に嫉妬でもしているのかと疑いたくなるぞ、マスター」
「っ、ち、違う!」
 真っ赤になって顔を背けた士郎を笑いながらエミヤは歩く。
 かつん、かつん、と大理石の床をエミヤの履く革靴の底が蹴る。その音が、大聖堂のような建物内に心地よく響く。
 エミヤも士郎同様、スーツに身を包んでいる。曲がりなりにも同一人物とは思えないほど、エミヤはそういう格好が似合うと士郎は思った。
(俺はどうがんばっても、リクルートか成人式だもんな……)
 持って生まれたものは同じはずなのに、この違いはなんだ、と士郎は不貞腐れてしまった。
 古めかしい木の扉を出ると、扉の外で待っていた凛が目を据わらせた。
「何があったかは知らないけど、それ、恥ずかしいわよ、見ているこっちも……」
 額に指を当てて、ため息をつく凛に、士郎は顔を背けたまま、エミヤはどこ吹く風でおかまいなし。
「車を待たせてあるから、行きましょ」
 凛に促されて二人はおとなしく従う。凛は士郎の監督役となっているからだ。
 紛争地から日本に早々に移動できたのは、すべて凛の強引な差配のおかげだった。その凛にエミヤはもちろん文句は言わず、士郎も心苦しく思いながらも、彼女の善意を受け取っている。
 士郎は、すでに何をする力もない状態だと魔術協会は二十日間の交流の末、認めたが、士郎を信望するよからぬ輩がどこにいるとも限らない。
 魔術協会の根回しで、国際的に手配されたのは、士郎とは全く関係のない別人だという報道がなされているが、熱心な信者は、その報道が紛い物だと、諦めていない可能性もあるのだ。凛はそれらを防ぐための護衛役も兼ねていた。

 凛が用立てた、とりあえずの潜伏場所は高級ホテルで、セキュリティもプライバシーも完璧に守られる環境だった。
 地下駐車場のエレベーター前に車は横付けされ、誰の目に触れることもなく入ることができる。その上、シークレットキーで一般人には立ち入れないフロアの部屋に直通で向かえる、という至れり尽くせりの扱い。
「すごいところに泊まらせてくれるんだな」
 エレベーターに乗り込んでから士郎が呆れた顔で呟く。
「あんたのこと考えて、日本にまで連れて帰って、わざわざここでほとぼりを冷ませるようにしてやってるのよ。感謝してよね」
「頼んでないけど」
 ぼそり、と言った士郎に凛は鋭い目を向ける。だが、凛の立っている場所は士郎の右側だ、士郎の視界には入っていない。士郎に右側は見えないのだ。士郎は凛の睨みつける目には気づかなかった。
 エレベーターが止まった階のフロアには、数人のスーツを着た者がまるでSPのように立っている。
 みな魔術師らしく、士郎の監視と、防衛に当たっている。
「大げさだな」
 部屋に入りながら士郎は呟いた。
 室内は、スイートではないが広めのツイン。テーブルセットとベッドが二つ、あとはテレビなどがあるシンプルな部屋だった。
 テーブルにキーを置き、凛はここでの生活について、ざっと説明をはじめる。
「しばらくここからは出られないから。悪いけど、食事はルームサービスを頼んで。外出は厳禁よ。必要なものはフロントに連絡すれば叶えてくれるわ。ただし、デリヘルとかは無理よ、ここには誰も入れないから」
「んなもの、頼むかよ」
「あらぁ? 衛宮くんだって男なんだから、そおいう時があるでしょお?」
 明らかに揶揄を含む凛の声に、士郎は不機嫌な顔を向ける。
「こいつがいるのに、どうしろって? それに、このナリじゃ、せっかく来てもらった女の子を満足もさせられないんでね」
 左肩だけを竦めて言った士郎に、ふん、と鼻息を荒くして凛は出ていった。
「士郎、あまり怒らせるな、彼女は――」
「わかってる」
 むす、とした顔を背けて、士郎はエミヤを視界から追い出した。
(自分の運命を呪いたくなるな……)
 ため息がどうしようもなくこぼれていく。
 どうして未来の自分と出会わなければならないのか、それも、何度も、何度も。
 自分の未来、と思っても、すでに士郎は英霊エミヤにはならないとわかっている。
(俺は、違う道を来たから……)
 聖杯戦争の時に見たエミヤの道程と違っていると感じたのは何年前のことだろうか。
 ぎゅっと左手を握りしめる。右手は僅かに動かすことしか、今はできない。
(手を握ることもできない……)
 エミヤと握手を交わしたのは、と思いかけて、士郎は振り払うようにその思い出をかき消す。
(覚えてない……、記憶は、ないんだ……)
 士郎は自分の記憶も消したいと思う。
 聖杯戦争後のエミヤとの二度の出会いを、士郎は胸の内深くに沈めてしまいたかった。


「FRAME」 ――邂逅録2 弧愁編 了(2016/9/16初出)