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「FRAME」 ――邂逅録2 弧愁編

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 監視カメラがある手前、あからさまな動きはどうにか堪えたが、エミヤの腕を掴んだまま動けない。
「トイレ……に……」
 さすがに、そこにカメラは設置されていない。エミヤは士郎の様子が尋常ではないと判断したのか、すぐに動いてくれる。
 トイレの扉を閉める前に、士郎は小声で伝える。
「アンタはいつもの通りにしていろ。でなきゃ、怪しまれる」
 それだけ言って、エミヤの応答も聞かずに扉を閉めて鍵をかけた。



 夜中に目が覚めると、いつもエミヤがベッドの縁に座っている。
 そっと頭を撫でる手は、あの時のエミヤを思い出す。
(覚えてないんだよな……)
 士郎がSAVEにいた時の記憶はエミヤにはない。だが、まるであの時のエミヤのように士郎に接してくれる。
(でも……違うんだ……)
 それほど多く会話をしたわけではない。だが、言葉の端々、表情の動き、微かな違和感、あの時のエミヤとは違うとわかる。目の前にいる存在が同じエミヤであることには違いないのに、たったそれだけのことで、士郎にとっては別人のようだった。
 けれど、何も言わずに髪を梳き、頭を撫でてくれる温かい手は同じで、士郎は全てを委ねて流されてしまいたくなる。
(このまま……)
 ずっと傍にいてほしい、と思っている自分を士郎は戒めるようにかたく目を閉じた。
(アーチャーは、英霊……、守護者で、正義の味方、俺の理想……)
 自分が欲していいものではないと、かたくかたく、心に誓った。


「今日は使い魔も一緒に、だそうです」
 扉を開けた調査員はおずおずと告げる。
 また何事かをたくらんでいるのだろう、とソファに座ったまま士郎はエミヤを見る。
 眉間に深い縦ジワを刻んだままのエミヤと目が合った。
(このままだと、なんか、やりそうだな……)
 エミヤの雰囲気が尋常でないほどにピリピリしている。あの監察官の態度を見ただけで、剣を投影しそうに思えた。
 今は、冷静すぎるほど冷静に対処しなければ、即、監視下に置かれ、一生監禁生活、などという目に遭いかねない。
「あの……」
 動かない士郎とエミヤに、調査員は両者を交互に窺う。
「エミヤ、連れてってくれよ」
 エミヤに笑いかけた。驚きに満ちた鈍色の瞳を見て、さらに士郎は笑みを深くする。
「疲れててさ」
 ソファに座ったまま、左腕を伸ばす。
 ちら、と扉の側に立つ調査員にエミヤは目を向けた。確認を取れ、ということらしい。
 今度は士郎が調査員に伺いを立てた。
「いいだろ? こいつは俺の使い魔だし、どうしようと勝手だよな? 俺の魔力じゃ現界が精一杯だから、あんたらが心配するようなことなんて、なんにもできねえよ」
 調査員は後ろにいる監察官に確認を取り、硬い表情で頷く。
 了解を得たエミヤは士郎の側まで歩み寄り、右腕を肩に担いだ。
「抱っこしてくんねぇの?」
 エミヤは、ぴた、と動きを止めた。
「動くの、けっこう、辛いんだ……」
「…………」
 しばらく思案したエミヤは、一つ息を吐いて、士郎を横抱きにした。
「これでいいか?」
 静かに訊くエミヤに、
「へへ、サンキュ」
 と、笑う士郎には何も言わず、エミヤは肩を竦めて部屋を出た。
 部屋を出たところで、士郎は魔力の補給だと言ってエミヤに口づけ、興が乗ってきた体で、その頭を左腕で抱え込み、監察官と調査員の視線を塞いだ。
 驚くエミヤに耳打ちする。
「何があっても、何を言われても動くな」
 顔色一つ、指一本もだ、と伝え、士郎は何事もなかったようにおとなしくエミヤに抱えられて取調室へと向かった。


「気分、悪くなったろ……」
 部屋に戻った士郎は、エミヤに伺う。
「ああ……」
 取調室から戻ってくる時もエミヤは何も言わずに士郎を抱きかかえた。必要ない、とは監察官たちのいる手前言えず、そのまま士郎はおとなしくエミヤに連れられて部屋に戻ってきた。
「たぶん俺かアンタが暴れたら、即、拘束って魂胆だったんだろ。陰湿なやり方だよな」
 小声で言う士郎を下ろし、
「そうだな……」
 と静かに答えたエミヤが頬に触れる。士郎は驚いてエミヤを見上げた。
「なん……だよ?」
「大丈夫なのか?」
「だ、大丈夫に、決まってるだろ」
 エミヤの手をそっと押し退けて、士郎はベッドへ向かう。
「アンタも休めば? 色々疲れてるだろ。……そういえば、アンタ、なんでずっと実体なんだ?」
 今さらながら士郎は思い至った。
「この部屋では魔術が制限されているようだ。霊体になれない」
「そっか……」
 大変だな、と呟いて士郎は横になった。
「シワになるぞ」
「知ったことじゃねぇよ、俺のじゃない」
 上着は脱いだが、ワイシャツとスラックスのまま寝転んだことをエミヤに指摘される。背を向けてそれ以上の小言を遮断した。
「まったく……」
 呆れた声が聞こえ、諦めたのだろうと士郎が目を閉じると、肩を引かれ仰向けにされる。
「なんっ、」
「シワになる」
「だから、知ったことじゃ――」
「私が嫌なだけだ、お前に面倒はかけん」
「ちょっ……」
 ネクタイをほどき、シャツのボタンを外していくエミヤに、士郎は諦めて身体を起こす。
「もー……、わかったよ……」
 エミヤの言う通りに、結局、士郎は着替えた。


 二十日間の拘束を終えて、ようやく釈放の運びとなる。
 扉の脇に据え付けられた受け取り口から大きめの紙袋が差し込まれた。
「新しいスーツだ」
 受け取りにいったエミヤから紙袋を渡され、着替えながら士郎は首を傾げる。
「もう一着ある……?」
 エミヤを振り向き、紙袋ごと士郎は差し出す。
「なんだ」
「たぶん、アンタのだ」
 俺には大きいから、と付け加えた。
 訝しげな表情を崩さずに、エミヤは差し出された紙袋を受け取った。
 中身を取り出し、エミヤがソファに広げると、三つ揃えのスーツにネクタイと革靴。ネクタイピンとカフスまで揃えてある。
「はぁ……、誰の趣味だ……」
「似合いそうだな……」
 士郎もソファの側まで来て、その一揃えを見下ろし、目を据わらせて呟く。
 エミヤは肩を竦めた。
「なぜ私が?」
「さあなぁ。最後くらいきっちりしろってことじゃないのか?」
「使い魔がきっちりすることに、どういった意味があるのか……」
「付き合ってやれよ、あいつら、俺たちに言うことをきかせたいだけだから」
 士郎がエミヤに耳打ちする。協会への不平をオフレコにするのはここでは常のことだった。



 廊下の壁に縋りながら歩いていたが、急に大聖堂のような広い場所に出て、士郎はよすがを失うことになり、仕方なく自力で歩くことにした。
 今までは不自由な腕と脚に魔力を送るだけでよかったものが、エミヤとの契約で、そちらへも送らなければならず、魔力量の調整や回路の調整などに士郎は手間取っている。
 落ち着いて自身の身体のメンテナンスに集中したいのだが、魔術協会はロクな休みも取らせずに、取り調べのようなことを遠慮なく繰り返した。
 ようやくそれから解放されたが、いまだ魔力の調整ができていないため、うまく歩行もできない。
 壁から数歩を離れた途端、右脚がゼリーにでもなったように芯がなくなり、身体が傾く。