L'amour rend aveugle.
そして後日、特別寮では女王候補二人が仲良くお喋りに興じていた。
ロザリアの部屋でのんびり紅茶を飲みながらお菓子を口に運ぶアンジェリーク。
「ねえロザリア、明日一緒にルヴァ様のとこ行こー?」
「やーよ、そのくらい一人で行きなさい。大体何なのよ、今は女王試験中でわたくしたちはライバルよ?」
カップについた口紅をそっと拭う仕草が優雅なロザリア。
「執務室の前まででいいからぁ〜。お願い、一緒についてきて〜!」
顔の前で両手を合わせて必死でお願いするアンジェリークに冷たい視線が突き刺さった。
「あんたルヴァ様と一番親密度あるじゃない。なんで執務室を怖がってるわけ?」
「だ、だって……この間ゼフェル様が変なこと言うんだもん。なんか意識しちゃって」
「変なことって何よ」
「ルヴァ様がね、将来綺麗にハゲたらどうするんだって」
丁度紅茶を口に含んでいたロザリアが、ぐっと吹き出すのを堪えていた。
「……まあターバンで隠れてるから知りようがないものね、わたくしもそれは大事な視点だと思うわ。……それがどうして変なのよ」
待ってましたと言わんばかりに握りこぶしで力説を始めるアンジェリーク。
「想像してみてよロザリア! あの知的なお顔で坊主頭だなんて、ぐっと色っぽくなっちゃうじゃない? そう思ったらね、あの……恥ずかしくて直視できなくなっちゃって……」
「呆れた、そもそも綺麗に坊主頭とは限らなくてよ? てっぺんハゲとかバーコードだったらどうするのよ」
言われた言葉にはたと動きを止め、暫し考え込むアンジェリークをロザリアは呆れ気味に眺めた。
「てっぺんハゲだったら宣教師っぽくて素敵……! バーコードはちょっとヤだけどルヴァ様なら構わないわ」
この無駄なポジティブさは早々真似できない、などと思うロザリアだった。
「変なのは思いっきりあんたのほうじゃないの……ゼフェル様も不憫ね、なんでこんな子がいいんだか理解に苦しむわ」
彼のアンジェリークへ向けた視線が試験当初とは異なっていることを、この鈍感娘は気付いてもいない。
彼が時折見せる切なげなまなざしの行方はいつも一方通行だ。そしてその想いが報われることは恐らくないのだろう。
「ふえ? なんでゼフェル様が不憫なの?」
「いいのよ、おばかには一生分かんないと思うから」
「えーロザリアひっどーい」
地の守護聖以外は全く視界にすら入らないくらいに一途でひたむきで、一生懸命な金の髪の女王候補。
それほどに恋焦がれる相手がいることを、少しだけ羨ましく思う。
「あんたはそのままでいいのよ、そこがいいところですもの」
アンジェリークのぷうと膨れた頬をロザリアのしなやかな指先がちょんとつついて、二人はくすくすと微笑みあった。
それから年月が流れ、元女王となったアンジェリークの傍らには今、彼女が愛し続けてきたルヴァがいる。
彼の腕の中で昔話に花を咲かせているうち、当時ふと彼の頭髪事情の話題になったことを話していた。
ルヴァは真っ赤な頬を掻いて、少しだけ困ったような顔を見せた。
「私の知らないところでそんな話になっていたとは……」
年齢を重ね少しだけ艶を失った彼の髪を指先で梳き、アンジェリークは愛おしげに見つめた。
「ルヴァは白髪になるタイプだったみたいね、ハゲでも白髪でも似合う顔だからルヴァって得してるー」
「そ、そうですかー?」
「元の顔が整ってないとどちらも似合うってことはないのよ」
そう言ってふんわりと笑う愛しい人へ、照れ臭さを隠すようにそっとくちづける。
願わくばその翠の瞳に永久にフィルターがかかってくれればいいと願いながら。
あばたもえくぼ、恋は盲目。
その言葉は、金の髪の元女王陛下のためにある。
作品名:L'amour rend aveugle. 作家名:しょうきち