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「FRAME」 ――邂逅録4 彷徨編

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 困り果てた顔を俯けたまま士郎が、にじり寄ってくる。エミヤの手の届く所まで戻ってきた士郎の左手が彷徨いながらエミヤの頬を探し当てた。
 僅かに開いた目には緑光の瞳が見える。
 ためらいながら微かに触れた唇が、温もりを伝えただけでいったん引き、再びエミヤの唇に触れる時には、エミヤの我慢が限界だった。
「ぅ、んんっ?」
 噛みつくように口づけ、士郎の身体を抱き込む。
 魔力の引力よりも、エミヤは士郎に惹き込まれていた。
 魔力などどうでもいい、ただ、その唇を貪りたい、その衝動で動いた。
 ベッドに倒れ込むと、士郎に背中を叩かれる。
 唇を離すと、士郎が呼吸を乱したまま口を開く。
「く、くる、し、ぃ、も、もう、ちょ、っと、ゆっく、り」
 目尻を赤く染め、濡れた唇で、よくもそんな口がきける、とエミヤは笑う。
「なに、笑って、るん、だ……」
 士郎の手が髪を撫でてくる。心地よさにエミヤはさらに笑みを深める。
「もっと欲しい、士郎……」
 甘えるように軽く口づけると、困り顔で笑う士郎が頷いた。
 士郎が髪を、肩を、背中を撫でてくれる。
(ずっと、欲しかった……)
 魔力ではなく士郎が。ただ、士郎だけが欲しくて堪らなかった。
 あれから士郎は二つの季節が変わっていくのを傍観し、次の季節を迎えようとする時に旅立つことを決意した。
 早春に旅に出た士郎と、やっとエミヤは会うことができた。
(春は、出会いと別れ……、それに、旅立ちの季節でもあるな……)
 そんな時期に士郎と会えたことは、何やら考えの及ばない存在の力を勘ぐってしまいたくなる。
 エミヤは士郎とは比べものにならない時を過ごした。探し求め、焦がれ続け、彷徨った時間は士郎の刻む時とは次元が違う。
 それだけの時が己には必要だったのだろうか、とエミヤは今振り返ってみるが、答えなど出ないし、あるものでもない。
 士郎と会えたのだからエミヤにはそれだけでいい。彷徨った時の換算や、その意味など、今さら考えたところで無駄なことだ。
「士郎……」
「……まだ、欲しい?」
 とろり、とした表情で士郎が訊く。
「ああ、また、あとで」
 赤銅色の髪に口づけて、抱き寄せる。拒むこともなく士郎は全てをエミヤに預けて、目を閉じた。
「エミヤ、俺、アンタと会えて、よかったよ……」
 士郎の呟きが聞こえ、すぐに寝息が聞こえてきた。

 エミヤは士郎を抱きしめたままだ。
 士郎の眠りは浅い。身体は疲れているはずなのに熟睡ができないようだ。あの監視下でもそうだった。夜中に何度も目を覚ましていたのを思い出す。
(できなくなったのか……?)
 そんなことに思い至る。
 あの下水溝の組織に入ってから、士郎には安らげる場所がなかったのではないか、と。
 浅い眠りを繰り返して夜を凌いで、いつ終わるとも知れないあの薄汚い下水溝の生活で……。
 ぎゅ、と士郎を抱きしめた。
「もう眠っていい。ここに私がいるのだから、もう、安心して眠れ……」
 そんな日々を過ごしてきた士郎を思うと、エミヤは胸が苦しくなる。士郎には何も煩うことなく、ただ穏やかな眠りを与えたくなる。
 二時間ほど眠って目を覚ます士郎を、安心させるようにキスをして、眠った士郎がまた目覚めればキスをする。
 何度もキスを繰り返して、互いの存在を確かめるようにキスをして、何度目かの眠りに落ちた士郎を腕に抱いたまま、エミヤも目を閉じる。
 狭苦しいベッドで、この小さな箱庭のような場所で、温もりも吐息も時間も、何もかもを分けあって眠る。
 これが至福というものだろうか、と、エミヤは思わずにはいられなかった。



「FRAME」 ――邂逅録4 彷徨編 了(2016/9/26)