「FRAME」 ――邂逅録5 蒼天編
「FRAME」 ――邂逅録5 蒼天編
最初に行きたいところがあるのだと士郎は言った。
エミヤに行き先はない。士郎の向かう先がエミヤの行き先だ。
エミヤが任せる、と答えると士郎は寂しそうな笑みを浮かべた。
「一度も、行けなかったから……」
ぽつり、と士郎は呟いた。
士郎の“行きたい場所”が、エミヤにはわかった。
あの場所――SAVEの最後の場所だ。
エミヤに支えられながら士郎は歩き出そうとしている、自分のための道を。
成都から移動し、ホテルよりもアパートの方が安くつくと結論が出て、二人はデリーの旧市街エリアでアパートを借りることにした。
ほとぼりが冷めるまで隠れ住むなら人口の多い場所の方がいい、木の葉は森に隠せと言う。
この都市であれば、庶民がひしめき合って住むエリアでも違和感なく住むことができる。アパートには家具や家電も古い物だが、ひと通り揃っていたため不自由もしない。
士郎の身体を慣らすためにも、しばらくはここで“リハビリ”をしなければならない。目指す場所は、普通に動ける程度でなければ、少々行きにくい場所だ。
アパートに落ち着き、士郎は再び魔術回路をリセットした。今度は応急的にではなく、確実に通常の動きができるようになるために修正をかけるのだ。
半日ほどかかって回路の修正を終えた士郎にエミヤは、回路と魔力量の調整と並行して、右腕と右脚の筋力の改善を提案した。
「筋力? そんなのは、試したことがない、けど?」
「脚は魔力を流さずに、どの程度動く?」
エミヤに訊かれ、士郎はベッドから足を下ろして、僅かに腿を上げた。
「このくらい、かな」
「股関節は動くのか」
エミヤは顎に手を当てて思案する。
「でも、こんなのあんまり、」
「いや、筋力でなんとかなるのなら、魔力量は少なくて済む。その分を温存できるだろう? 魔力は生命力だ、使わなければ疲れにくくもなる。他に動く箇所は?」
「えっと、足首と指」
足首と足の指を動かしながら士郎は答える。
「そうか、主に膝が動かないだけなのだな。ならば、そこ以外を鍛えろ。腕はどうだ?」
「腕は、指も手首もほとんど。肩の関節くらいだな、動くのは」
「そうか、今さら動かすことは至難の業かもしれないが、やってやれないことはない、今日からは、筋力増強もしろ、いいな」
有無を言わせない勢いで言われて、士郎は頷くしかない。
「……わ、わかったよ」
納得していないような顔でだが、士郎は頷いた。
「どうだ?」
士郎の右脚を曲げたり伸ばしたりしてエミヤは訊く。
「うん、まだ、イマイチ……」
筋力トレーニングははじめたばかりでまだ効果は出ていない。そして、士郎は魔術回路と魔力量の調整にもてこずっている。
右腕、右脚、そして視力に魔力を使い、エミヤにまで魔力を送るために複雑なのだろうが、いつになく時間がかかっているとエミヤには思える。
疲れやすく、右上下肢はいまだに思うように動かない。ならば、エミヤへ多量の魔力が流れているかといえば、そういうわけでもなく、エミヤも魔力が少ない状態だ。
士郎の起き抜けに、エミヤが右脚をマッサージして動かすことは再び日課となっている。
はじめこそ士郎は、自分でどうにかすると言っていたものの、片腕で脚を動かすのは難しく、見かねたエミヤが手を出した。
頑なに拒否する士郎に、腕は自分でしろ、と言えば、ようやく納得して、おとなしく脚を預けるようにはなった。
「アンタは、大丈夫か?」
「ああ、問題ない」
「魔力、足りていないんだろ?」
心配そうに訊かれ、エミヤは首を振って否定する。
「いや、現界できるギリギリだが、足りないというわけではない」
「……そっか」
一瞬、士郎の顔にすまなさそうな表情が浮かんだが、すぐに消えた。
「士郎?」
呼べば緑光の瞳がエミヤを映す。自身の右腕を握っていた士郎の左手が、頬に触れ、そのまま項に回って頭を引き寄せられていく。温かい唇で口を塞がれた。
(こいつは……、いつも突然で困る)
エミヤはため息をつきたくなった。
(色々と、心の準備というものが必要なのだぞ、私には……)
魔力を受け取りながら、エミヤは不満げに思う、こいつは何もわかっていない、と。
(私は、ままならない想いと身体を抱えているのだ。安易に触れないでもらいたい……)
つまるところ、エミヤは欲情してしまうのだ、士郎に。己の元である、衛宮士郎に。
驚きだし、心外だし、まったくもって腹立たしい、とエミヤは思っている。
だが、どうしようもない。
なにせ、気の遠くなる時間を彷徨い、士郎を求め続けたのだ。
エミヤにとって、ようやく会えた目の前の士郎は、色っぽいし、艶っぽいし、扇情的だし、その上に自覚など一切ないし……と、いうふうに見えている。
まったくもって不可解だ、と己に言い訳しながら、魔力を与えてくれるキスに甘んじる。
(身体の補助は拒むくせに、こういうことにはためらいがない……)
エミヤは士郎の、こういうことだけ開けっ広げなところが少し嫌になる。
(いくらキスが好きだとしても、いくら何度もしたからと言っても……。ああ、だが、士郎にとって、キスなど朝飯前……)
そんなことを思いながら、士郎の唇を噛みつくように塞ぐ。
そのままベッドに押し倒すと士郎は、驚いたのかエミヤの肩を押してくる。が、この体格差で、片腕で、どうにかされるエミヤではない。あっさりとその手を掴み剥がす。
「エミ、ヤ?」
エミヤの唇から逃れた士郎が声を発した。何も言わずに、その首筋に吸い付く。
「ちょっ、なに? エ、エミヤ?」
答えることもなく、キツく吸って痕を残す。
「い、いたっ、なに、してっ、」
もがいて逃げようとする細い腰に腕を回し、士郎を抱き込む。
「エミヤ!」
鋭い声にハッとした。瞬いて、士郎の首筋に埋めた顔を上げた。
士郎の不安げな顔が見える。両手と両膝をついた四つ這いで呆然と士郎を見下ろす。
「…………士郎、私は……」
士郎を見下ろしたままエミヤは動けずにいる。
何をどう言えばいいのか、と考える。だが、こんなことをしておいて、何を言っても言い訳がましい。
「すまない」
謝りながら士郎の上から退き、ベッドから足を下ろす。
(何をしているのか、私は……)
エミヤは反省しながら髪を荒く掻き乱した。
「溜まってる、のか?」
「は?」
身体を起こして見上げてくる士郎の質問に、エミヤは、ぽかん、とする。
士郎の表情は、どこか寂しげに見えた。
「士郎?」
「いや、なんでもない」
短く言った士郎は、脚を引きずりながら洗面所へ向かった。
(触れたことがないわけではない……。前回、士郎と契約する直前にセックスをした……)
破壊された遺跡で、言葉も無く抱き合った。何度も絶頂を味わい、貪り合った結果、エミヤは士郎から魔力を補給してしまった。
おかげで士郎は右腕も右脚も動かすことができなくなった。
あの時、もしエミヤが引き返さなければ、空爆によって士郎は死んでいただろう。
エミヤはテーブルに頬杖をついて、“あの時”のことを思い返す。
(あの時、士郎は……)
「――――ヤ、エミヤ」
肩を揺すられ、瞬く。
最初に行きたいところがあるのだと士郎は言った。
エミヤに行き先はない。士郎の向かう先がエミヤの行き先だ。
エミヤが任せる、と答えると士郎は寂しそうな笑みを浮かべた。
「一度も、行けなかったから……」
ぽつり、と士郎は呟いた。
士郎の“行きたい場所”が、エミヤにはわかった。
あの場所――SAVEの最後の場所だ。
エミヤに支えられながら士郎は歩き出そうとしている、自分のための道を。
成都から移動し、ホテルよりもアパートの方が安くつくと結論が出て、二人はデリーの旧市街エリアでアパートを借りることにした。
ほとぼりが冷めるまで隠れ住むなら人口の多い場所の方がいい、木の葉は森に隠せと言う。
この都市であれば、庶民がひしめき合って住むエリアでも違和感なく住むことができる。アパートには家具や家電も古い物だが、ひと通り揃っていたため不自由もしない。
士郎の身体を慣らすためにも、しばらくはここで“リハビリ”をしなければならない。目指す場所は、普通に動ける程度でなければ、少々行きにくい場所だ。
アパートに落ち着き、士郎は再び魔術回路をリセットした。今度は応急的にではなく、確実に通常の動きができるようになるために修正をかけるのだ。
半日ほどかかって回路の修正を終えた士郎にエミヤは、回路と魔力量の調整と並行して、右腕と右脚の筋力の改善を提案した。
「筋力? そんなのは、試したことがない、けど?」
「脚は魔力を流さずに、どの程度動く?」
エミヤに訊かれ、士郎はベッドから足を下ろして、僅かに腿を上げた。
「このくらい、かな」
「股関節は動くのか」
エミヤは顎に手を当てて思案する。
「でも、こんなのあんまり、」
「いや、筋力でなんとかなるのなら、魔力量は少なくて済む。その分を温存できるだろう? 魔力は生命力だ、使わなければ疲れにくくもなる。他に動く箇所は?」
「えっと、足首と指」
足首と足の指を動かしながら士郎は答える。
「そうか、主に膝が動かないだけなのだな。ならば、そこ以外を鍛えろ。腕はどうだ?」
「腕は、指も手首もほとんど。肩の関節くらいだな、動くのは」
「そうか、今さら動かすことは至難の業かもしれないが、やってやれないことはない、今日からは、筋力増強もしろ、いいな」
有無を言わせない勢いで言われて、士郎は頷くしかない。
「……わ、わかったよ」
納得していないような顔でだが、士郎は頷いた。
「どうだ?」
士郎の右脚を曲げたり伸ばしたりしてエミヤは訊く。
「うん、まだ、イマイチ……」
筋力トレーニングははじめたばかりでまだ効果は出ていない。そして、士郎は魔術回路と魔力量の調整にもてこずっている。
右腕、右脚、そして視力に魔力を使い、エミヤにまで魔力を送るために複雑なのだろうが、いつになく時間がかかっているとエミヤには思える。
疲れやすく、右上下肢はいまだに思うように動かない。ならば、エミヤへ多量の魔力が流れているかといえば、そういうわけでもなく、エミヤも魔力が少ない状態だ。
士郎の起き抜けに、エミヤが右脚をマッサージして動かすことは再び日課となっている。
はじめこそ士郎は、自分でどうにかすると言っていたものの、片腕で脚を動かすのは難しく、見かねたエミヤが手を出した。
頑なに拒否する士郎に、腕は自分でしろ、と言えば、ようやく納得して、おとなしく脚を預けるようにはなった。
「アンタは、大丈夫か?」
「ああ、問題ない」
「魔力、足りていないんだろ?」
心配そうに訊かれ、エミヤは首を振って否定する。
「いや、現界できるギリギリだが、足りないというわけではない」
「……そっか」
一瞬、士郎の顔にすまなさそうな表情が浮かんだが、すぐに消えた。
「士郎?」
呼べば緑光の瞳がエミヤを映す。自身の右腕を握っていた士郎の左手が、頬に触れ、そのまま項に回って頭を引き寄せられていく。温かい唇で口を塞がれた。
(こいつは……、いつも突然で困る)
エミヤはため息をつきたくなった。
(色々と、心の準備というものが必要なのだぞ、私には……)
魔力を受け取りながら、エミヤは不満げに思う、こいつは何もわかっていない、と。
(私は、ままならない想いと身体を抱えているのだ。安易に触れないでもらいたい……)
つまるところ、エミヤは欲情してしまうのだ、士郎に。己の元である、衛宮士郎に。
驚きだし、心外だし、まったくもって腹立たしい、とエミヤは思っている。
だが、どうしようもない。
なにせ、気の遠くなる時間を彷徨い、士郎を求め続けたのだ。
エミヤにとって、ようやく会えた目の前の士郎は、色っぽいし、艶っぽいし、扇情的だし、その上に自覚など一切ないし……と、いうふうに見えている。
まったくもって不可解だ、と己に言い訳しながら、魔力を与えてくれるキスに甘んじる。
(身体の補助は拒むくせに、こういうことにはためらいがない……)
エミヤは士郎の、こういうことだけ開けっ広げなところが少し嫌になる。
(いくらキスが好きだとしても、いくら何度もしたからと言っても……。ああ、だが、士郎にとって、キスなど朝飯前……)
そんなことを思いながら、士郎の唇を噛みつくように塞ぐ。
そのままベッドに押し倒すと士郎は、驚いたのかエミヤの肩を押してくる。が、この体格差で、片腕で、どうにかされるエミヤではない。あっさりとその手を掴み剥がす。
「エミ、ヤ?」
エミヤの唇から逃れた士郎が声を発した。何も言わずに、その首筋に吸い付く。
「ちょっ、なに? エ、エミヤ?」
答えることもなく、キツく吸って痕を残す。
「い、いたっ、なに、してっ、」
もがいて逃げようとする細い腰に腕を回し、士郎を抱き込む。
「エミヤ!」
鋭い声にハッとした。瞬いて、士郎の首筋に埋めた顔を上げた。
士郎の不安げな顔が見える。両手と両膝をついた四つ這いで呆然と士郎を見下ろす。
「…………士郎、私は……」
士郎を見下ろしたままエミヤは動けずにいる。
何をどう言えばいいのか、と考える。だが、こんなことをしておいて、何を言っても言い訳がましい。
「すまない」
謝りながら士郎の上から退き、ベッドから足を下ろす。
(何をしているのか、私は……)
エミヤは反省しながら髪を荒く掻き乱した。
「溜まってる、のか?」
「は?」
身体を起こして見上げてくる士郎の質問に、エミヤは、ぽかん、とする。
士郎の表情は、どこか寂しげに見えた。
「士郎?」
「いや、なんでもない」
短く言った士郎は、脚を引きずりながら洗面所へ向かった。
(触れたことがないわけではない……。前回、士郎と契約する直前にセックスをした……)
破壊された遺跡で、言葉も無く抱き合った。何度も絶頂を味わい、貪り合った結果、エミヤは士郎から魔力を補給してしまった。
おかげで士郎は右腕も右脚も動かすことができなくなった。
あの時、もしエミヤが引き返さなければ、空爆によって士郎は死んでいただろう。
エミヤはテーブルに頬杖をついて、“あの時”のことを思い返す。
(あの時、士郎は……)
「――――ヤ、エミヤ」
肩を揺すられ、瞬く。
作品名:「FRAME」 ――邂逅録5 蒼天編 作家名:さやけ