その髪のひとすじでさえも
過去に男から言い寄られたことや、襲われたことまであるくせに、桂は自分が同性からそういう対象として見られることをほとんど想定しない。
自分と同性である男とどうこうなどとは、なんの冗談だと一笑に付しかねないぐらいだ。
だったら、今のこの状況はなんなのか。
特例だと見なしているのだろうな、とは思う。
しかし、想定しないことは警戒しないことにつながりかねないので、一度、認識を改めるまで説教したほうがいいかもしれない。
そんなことを考えていると。
「銀時、話をもどすぞ」
そう桂が告げた。
「いや、もどすんじゃねー」
「俺は」
桂は強い声でさえぎる。
「おまえがいるからいい。だが、高杉はひとりなんだ」
「ひとりってこたァねーだろ。お仲間がいっぱいいるみてェじゃねーか」
「その仲間を高杉は信用しきれていないように、俺には見えた」
「だからってさァ」
つい声を荒げてしまった。
思い直し、できるだけ穏やかに言う。
「三人じゃ、いられねェだろ」
昔は、まだ幼い頃は、三人きりで特に仲良くしていたというわけではないが、一緒にいた。
しかし、それはもう遠い。
「……そうだろうか」
「目指す方向が違いすぎてんだ、俺と高杉は。そしたら、おめーはどっちかを選ばなけりゃならなくなる」
「……」
「俺ァ、一切、譲る気はねェよ」
高杉には。
いや、高杉を含めて、だれにも。
桂を譲る気はない。
ふいに、攘夷党の船にこっそりまぎれこんで高杉の船まで行ったときのことを思い出した。
似蔵に桂を斬ったと言われて、艶やかな髪の束を見せつけられて、あんなヤツに桂がやられたわけがないと強く思いながら、しかし、不安はどうしても消せなかった。
それが、高杉の船で、桂が、髪は短くなってしまっていたが、いつものように戦っていた。
嬉しかった。
その姿を見て、安心し、嬉しかった。
さらに、桂とふたりきりで高杉の船に残って、敵と戦っているとき、多勢に無勢という状況にもかかわらず、嬉しくて嬉しくてしかたなかった。
「銀時」
「俺のそばにいてくれ」
この件については反論させたくない。
「頼む」
すると、桂が動いた。
少し身を寄せてきた。
同意するように。
その身体を、強く抱いた。
愛おしいと思う。
その髪のひとすじでさえも。
作品名:その髪のひとすじでさえも 作家名:hujio