漆黒の昴
漆黒の昴
夕闇が近いころ、俺と輝一はうっそうとした森の中、薪になりそうなものを拾い集めていた。この世界に来てから何度野宿をしたことか、すっかり手馴れてしまっていた。ちなみに、今回の役割決めはくじ引き。ババ抜きなんてものもあった。
「輝二、もうそろそろいいんじゃないかな?」
双子の兄、輝一は両手いっぱいによく燃えそうな枝を抱え、尋ねてきた。
「ああ、もう、十分だろう」
俺も同じように両手に大量の枝を抱え、立ち上がった。
瞬間、右足元がいきなり崩れだす。そう、俺の真後ろは断崖絶壁、とてつもない高さの崖だった。重力に逆らう術をもていなかった俺は、当然のごとく、落下。
「っ!!」
声を出す暇などなかった。それほど、急だった。手に物を持っていたために、デジバイスを取り出すことができず、落ちながら進化することができない。
このままでは、ヤバイ。
覚悟を決めた時、輝一が手に持っていたものを投げ捨て、黒がベースカラーのデジバイスを手にしたまま、崖を飛び降りた。手をめいっぱい伸ばして。
「輝二!!」
勢いがあったのか、輝一は落ちる俺に追いつき、腕を掴む。掴まれた事で、ガラガラと手にしていた枝は離れ宙を舞う。
輝一はデジバイスを構え、データを纏おうとし、紫色の光をデジバイスから溢れさせた。
・・と、俺のデジバイスも何故か反応し、眩い光を放った。
数秒の、一瞬のことだった。
目を開けば、世界は闇だった。
正確に言えば、大地が闇。その闇の大地に俺は倒れていたようだ。
状況を確認すべく、少しばかり痛む身体を起こし、世界を見渡した。
目に入ったのは、大きく空を陣取る巨大な青い月。それも満月。現実世界でも、デジタルワールドでもありえない大きさと輝きをしていた。青い光が全てを照らしているため、空は鮮やかな群青。星々の光などは存在の気配すらない。
この場所・・・崖から落ちた後につく場所とは到底思えない。まるで覚えのない、不気味な世界だ。傍にいたはずの輝一の姿も、無かった。
「・・・こう・・いち・・・?」
何処に言ってしまったのは、不安に心配になり、青い月が輝く中歩き出した。
しんとした空間。
自分だけがここに取り残されてしまった感覚に陥る。
歩いても
歩いても、
辺りの景色に変化はなし。それでも、立ち止まることは出来ずに前へと進んだ。
いくら歩いたのか分かろうにも分からなかったが、やっと人影のようなものが見えてきた。しかも、なんとなく、見覚えのある背格好。急かされる思いで、人影に向かい俺は走り出した。
「輝一!」
心当たりのあった人の名前を呼んでみると、人影はこちらのほうへと振り向いた。間違いない。輝一だ。
「よかった・・・いた・・・・。どこいったか、心配したんだぞ・・・っ」
輝一のそばまで来、息を整えるために、少し屈む。
「・・・心配?俺の?」
「ああ、ほかに誰がいるんだ?」
全力疾走で走ってきたため荒れていた息も徐々に元に戻っていく。
「・・・偽善者」
「え?!」
ぼそりと、輝一が言い放った言葉に耳を疑い、思わず、伏せていた顔を上げ相手の表情を見上げた。
怖かった。
蔑むような冷たい眼差し。
「偽善者だと、言ったんだ。・・ふっ本当は自分のことだけが心配なくせに、俺のことが心配と言うのか?笑わせるなよ」
鼻で笑う、見下した態度。こんな輝一、俺は知らない。
「そんなわけ・・・・」
そんなわけ無いじゃないか。本当に心配だったんだ。嘘でも口だけの偽りでもない。本当に・・・本当に。
「・・本当に? まぁ、他人に触れられることを拒むやつが、本当のことを言うわけが無いな。所詮、傷つくのを恐れて壁で自分を守ってたやつだしな。気にすることも無いか。・・・・それにしても、ずいぶんと自分の身がかわいい様だね」
またしても輝一はクスりと見たことのない笑い方を見せた。
「・・・・」
言った言葉は、図星に近かった。確かに、傷つくのが怖かった。壁を作っていた。だが、今はそうじゃない。そこまで自分のみだけを守っているわけではない。自分よりも大切なものがたくさん・・・。
「図星?」
輝一の目は何故かとても楽しそうに見え、見たくないと思った。だから、また顔を伏せる。
「・・・」
そんな俺を見てか、兄は冷たく微笑をこぼし、額を、頭部を思いっきり強く押してきた。
「っ!」
予測できなかった行動であることと油断していたこととが重なって、いとも簡単に後ろへと吹っ飛ばされ、無様にしりもちをつく。少し痛んだが、それほど長く痛むことは無かった。冷たく見下した瞳で心底楽しそうに輝一は続ける。
「正直言ってさ、俺、お前のこと、嫌いで、憎くてしょうがないんだよね」
けらけらと、また知らない笑い方をする。
「今は違うって、あの時・・・っ!」
あの時、スピリットを得るとき、お前は確かにそういったはずだ。
だが、輝一は馬鹿にするようにまた、笑った。
「あんなの、お前を騙すための芝居に決まってるだろ?」
「なっ・・・!!」
何かを言おうと、見上げた兄の表情は笑いながらも憎しみがこもった冷たさを帯びていた。
生み出されるはずの言葉が生産されなくなってゆく・・・。反論できないくらい、さぞ、本当のことのように輝一は言っていたのだから。嘘とも偽りとも取れず、それが、輝一の本心だと思わざるおえなかった。
「両親がちゃんとそろっているくせに、何が足りないんだ。何が不満?何処が寂しい?・・・甘えたこと言ってるんじゃねぇよ。」
「・・・」
確かに・・・そうだ。俺にはちゃんと両親がいる。物にだって困っていない。輝一に無いものを俺は・・・ちゃんと持っている。なのに、俺は、傷つくのを恐れて、独りがいいふりをして他人をよせつけないとほざいて、甘えて・・・。
「?いまさら後悔でもしているのか?ふん。だから俺はお前が許せないんだ」
許せない。その言葉とともに、俺の頭の上に手を置くのが感覚で分かる。びくりと、体が震えた。おそらく、恐怖で。
それから、するりと手は頬をなぞり、あごの部分へと到達し、伏せる形になっていた俺の顔を自分の目先に無理やり合わせる。強制的に見せられた先には自分と同じ色、形の瞳がそこにあった。だが、それは自分とは違って、相手を心から憎んでいるような、蔑みの色を含んでいた。
「それくらいで、不幸面なんてするなよな」
静かに、だが、威厳のある声で兄は言い放った。
・・・とたん、目の前の情景が歪んだ。闇が歪み見えていた月が歪み、何かの情景が歪みからあふれ出してきたのだ。
目の前にいた輝一の姿も見えなくなる。“消えた”ように。
「・・・!!」
そして、はっきりと見えた場所は見覚えは無いが、現実世界の誰かの家であることは分かった。
けして広くは無く、質素な家の中。おそらくは、賃貸か何かの類。
ふと、自分の後ろにある電話のベルが鳴り、びくりと体が反応する。出るべきなのか、出ないべきなのか・・・。そう迷っていると、奥の部屋から、誰かがこちらに向かっていた。
小学校1年生くらいの、少年だった。
少年の面影には見覚えがあった。自分の幼いころによく似たその顔は、まさしく・・・。
「・・・輝一・・?!」
だった。
ということは、ここは過去の世界?ということなのだろうか?