漆黒の昴
だとしたら、俺がここにいるのはやばいんじゃないだろうか?!そう思い、あわててどこかに隠れようとするが、すでに手遅れ。少年はすぐ傍まで来ていたのだ。
だが、少年は気にも留めず、そのまま電話へと直行した。とたとたと、つたない足音が響く。
ふ・・・っと、自分の身体を少年がすり抜けた。
「?!」
どうやら、触ったりすることは出来ないらしい。それに、声も届かない。つまり、ここに入るはずの無い存在であり、この世界ではただの傍観者・・・ということらしい。まったくもって、デジタルワールドは未知の世界だ。
「はい、木村です。」
少年は、自分が取れる位置ギリギリのところにある受話器を少し背伸びをしてとる。
「あ、お母さん?」
電話の向こう側の相手は、どうやら俺と輝一を生んでくれた母さんらしい。輝一の顔がぱっと、明るくなるのが目に見えて分かった。
「うん。俺は大丈夫だよ。・・・うん。・・・・・・・・・」
でも、その元気だったのは最初だけ。電話を聞くたびに明るさは失われていく。
「・・・おばあちゃんが・・・にゅういん・・・したの?・・・うん・・・」
そういえば、祖母は病気がちで、少し前に、亡くなったと輝一がいっていた。
「・・・今日は・・・帰れないんだ・・・うん・・わかったよ。・・・うん、大丈夫。ひとりでも平気だよ。うん、じゃぁね。」
ちりん・・・と、旧式の電話が終わりの合図を告げた。
どうやら、母さんは祖母が入院した介護や何かにつきそわなければならないようだ。こんな、小さい輝一を独りでいさせるなんて・・・。それほど、余裕が・・・無いんだろうな・・。
「・・・・。」
輝一は、電話の位置から、すぐ近くにある、月づづあるカレンダーを見上げていた。ある一点の日をさかいにバツ印が赤でつけられている。おそらく、印の無い一番最初の日にちが今日。今日の、日にちの下には、なにかが書かれていた。
“誕生日”と。
確か、この日は俺の誕生日・・・。そうか、双子だから生まれた日は一緒なんだ。
・・・ということは、輝一は誕生日なのに・・・独りきり・・・ということになる。
カレンダーを見上げる、小さな輝一の目には、大粒の涙が今にもこぼれそうになっていた・・・。
しかし、輝一はそのまま泣き崩れはせずに、何かを自分に言い聞かせているように首を振り、袖で無造作に涙をぬぐった。
きっと、楽しみにしていたに違いない。
「・・・輝一・・・」
そしてまた、世界は揺らいだ。
次もまた、その家の中だった。ただし、二つ並んだ布団がある部屋に俺はいた。片方には、輝一が眠っていた。片方には誰もいない。多分、母さんのなんだろう。二つだけ・・・ということは、祖母はまた入院中だろうか。
ピピピ・・・・
目覚ましの電子音が部屋中に響く。
輝一は、薄く目を開きながら、布団から、這い出てきた。姿は、今よりもひと回り小さいくらい。大体、4年生?くらいだろうか。
ぴ・・
電子音は乱暴に止められることは無く、丁寧に止められた。
そして、ゆっくりと、輝一は起き上がる。だが、その動きはかなり鈍い。輝一は低血圧だが、目覚めがこれほどひどく鈍くは無い。起き上がると、いたたまれなくなったのか頭を抱える。よく見ると息は荒く、肌はほんのり赤く染まっていた。
もしかしてとは思うが、風邪?だろうか。
無理はしないと思うが・・・
と思ったのだが、なんと輝一は立ち上がり、着替え始めた。
まさか・・・その体調のまま、学校に行くのか?!
そんな、無茶な・・・。
手を差し伸べたいが、それもかなわず、ふらふらと、箪笥やかべにぶつかり、手をついて、ふすまの前に着く輝一を見ているしかなかった。それから、壁についていた手を離し、普通に立ち、なにやら深呼吸をし始めた。
それが終わると、輝一の表情はいつもとほぼ変わらぬものとなり、そのままふすまを引いた。
「母さん、おはよう」
その声には、具合が悪そうなニュアンスはまったく含まれていない。
「おはよう。・・・?」
だが、母は少しの異変に気づいたようで、台所から離れ、輝一のほうへと来て、おでこに手を当てた。
「なんだか、少し、顔が赤いわよ?熱でも・・・あるんじゃないの?」
「そんなことないよ、母さん。いつも、こんな感じだから。ほら、早く行かないと仕事に間に合わないよ。」
母の手を優しく振り払い、輝一は微笑した。母さんは、あわてる様に、行く準備をはじめ、瞬く間に、家から出て行った。朝食はそこにあるからね、と、無理はしないでねと言い残して。
玄関の扉が閉められて、少しの時間がたった後、輝一はがたんと、テーブルに両手を着き、苦しそうに荒い呼吸を再開した。
輝一は、この体調のまま、本当に学校へと行ってしまった。この日はすでに秋の後半。しみる寒さが風と共にあった。それなのに、輝一の格好はどこか寒そうだった。
倒れたりするんじゃないか?!という足取りで途中まで歩き、同じ学校の人々がいるような所まで来ると、今朝の演技を再開させた。
学校の中でも、演技は続き、クラスメイトが先生が感づく様子はまるで無かった。
そして、一日の授業が終わり、放課後も終わり、輝一は家へと帰宅した。
鍵を開けて、倒れこむように、家へと入った。玄関先で、輝一は倒れこんだ。今朝よりも病状は悪化。
それでも、なんとか布団のある部屋へとたどり着く。すぐに倒れてしまったが。
「・・・・きょうは・・・だいじょうぶ・・・かあさん・・・今日は帰ってこない・・・から。」
迷惑にならない。と、苦しそうな息で誰に言うでもなく呟いていた。
とうとう、我慢が超え、見ていられなくなった俺は手をさし伸ばして抱き上げようとする。だが、それを止めるかのように、世界はまた歪んだ。
また、青い月と闇の世界。
戻ってきた・・・のだろうな。時間も何も進んではいなかった。輝一の顔が、すぐ目の前に存在していたのだから。
すぐに、輝一は手を離し、俺に背を向けた。もう、お前には何も言いたくないと言わんばかりの雰囲気。
「・・・確かに・・・お前の不幸は俺の比じゃないだろう・・・・」
だが、かまわず俺は言葉を発した。言葉に、輝一は反応し、こちらを振り向き、話を聞く体制になった。
「ああ、そうだ」
「だから、そんなお前がこれから幸せになれるように俺は何かをしてやりたい・・・!」
これは、輝一に言葉を聴いて、輝一の過去を少しだけ垣間見て、見えてきた、俺なりの結論だった。
「・・・・」
輝一は何も言ってこない。
俺は、立ち上がる。輝一の顔を正面から見据えることが出来るように・・・。
「具体的に何をしてやればいいかなんて分からない。だけどこれだけは分かる、輝一が辛いとき、俺が・・・助けてやる!」
そういったとたん、輝一は、瞬時に消えてしまった。
「?!」
月ももう見ることは出来なかった。全てが闇に覆われていた。
「・・・どういう・・・ことだ・・・?!」
今の今までの輝一は全て・・・幻だった・・・とでも言うのだろうか?
・・・。
もしかすると、この空間自体も幻?
なんとなくだが、ただのカンだが、いままでの輝一は幻だと思えた。それも、自分が一番望まない相手の姿だったような・・。
考えても分からない。