白妙の宙
そう思ったとき、俺の意識はさっきまでの朦朧としたものからはっきりとしたモノへと変わった。
「・・・こう・・・じ・・・」
名前を呼ぶと、輝二は一瞬表情を和らげるが、またあの表情へと戻ってしまう。
鎖が重かったけど、俺は手を挙げ、輝二の頬に触れた。
そして、言った。
「輝二・・・泣きたいときは・・・泣いたほうが・・・泣いてもいいんだよ・・・」
だから、そんな辛そうな顔はしないで。
言葉に反応してか、輝二の目から涙が溢れ出した。
やっと、泣き方を思い出したようだ。
「・・・何・・・言ってんだよ・・・」
声は震えて裏返っていた。
「・・・輝二?」
「心配したんだぞ・・・お前は死んだように動かなかったし、鎖は重くて、冷たくて・・・とにかく、馬鹿野郎っ!」
馬鹿と俺を叱った直後、輝二はすがりつくように俺を抱きしめてきた。俺もまた、優しく抱きしめた。
「・・・ねぇ、輝二・・・もしかして最初にここで俺が会ったのって・・・輝二じゃなかったのか?」
「―――ったりまえだろ。気づけよ」
「じゃぁ、ここにいるのは、ホントに、輝二?」
「他に何が出るって言うんだっ・・・」
輝二の嗚咽はさらに増す。
俺は昔よく母さんがやってくれたように、ぽんぽんと軽く背中を叩いた。
少しだけ、輝二が落ち着くのが感じられた。
「あのさ・・・輝二・・・泣きたくなるくらい辛いときは・・・呼んで。絶対傍にいてやるから・・・」
「・・・もだ・・」
消え入りそうなくらいの声だったから、全部聞き取れたわけじゃないけど、俺もだ・・・といってくれたような気がした。
「うん・・・だからさ、おもいっきり・・・泣きなよ」
犯してしまった罪を後悔し、自分を嘲るよりも、今、輝二にしてやれることに気づいて、してあげるべきなんだ。
輝二が今まで過去で我慢していた理由、触れられることが嫌いだった理由が、少しだけ解ったような気がした。
だからこそ、甘えを知らない彼の、他人を思いやる彼の弱さを見せていい場所に、なってやるべきなんだ・・・。
そして俺はまた強く輝二に抱きしめられるのを感じつつ、またいっそう強く抱きしめた。
それで気がつかなかったが、そのときに、世界が元に戻ったようだった。
「・・・・崖の・・・下だね・・・」
いつの間にか離れた俺たちは、今いるところから崖の上を見上げた。空がものすごく遠い。
「・・ああ。」
うなずいて、輝二は涙の痕を乱暴にぬぐった。
「・・・あの世界は・・・なんだったんだろう・・・」
「さぁ・・・な」
と、すぐ傍に落ちていたデジバイスから、ノイズ交じりに聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「おい、輝二!・・・輝一!!」
拓也の声だった。
輝二が最初に自分のデジバイスを拾い、仲間とコンタクトを開始した。
「拓也か?」
「・・ああ・そうだ。あ、他のみんなもいるぜ」
デジバイスを通じて聞こえてくる仲間たちの暖かい声。心配に混じって、また落ちたのか?という皮肉も混じっていた。でも、そんなことは今の俺たちにとってなんでもなかった。
それから、輝二は自分たちが無事なこと、進化してそちらに向かうから動かないでくれということを簡潔に伝えた。拓也はわかったと、交信を切った。
「・・・ということでいいよな?」
「うん。」
輝二も俺も自分のデジバイスを構え・・・る前に、輝二が止まった。
「・・・言うなよ」
そう、ぶっきらぼうに言って。
「?何を?」
本当に何を言わないでくれなのか見当もつかなかった。
「・・・だから、さっき!」
伝えるのも恥ずかしいのか、顔を赤く染めて、じれったそうに目をそらしていた。
さっき・・・あったことというと・・・。
・・・・そういうことか。
泣いていたこと。
確かにそんなことみんなに言われたらたまらない正確をしているからな・・・。
「どうしようかな・・・?」
だから、少しわざとらしく笑って見せた。
「なっ!!」
輝二はさらに顔を赤くして俺を睨みつけてきた。
たまに、ああいうことがあってもいいけど、やっぱり、俺はこうしているときが一番だ。これがいいんだ。
「冗談だよ。絶対言わない。」
彼は、不機嫌そうにむっとしたが、
「行くぞ」
こう言って、すぐにデジバイスを構え、白銀の狼のデータを身に纏った。
そして俺もまた、漆黒の獅子のデータを纏う。
それからすぐに二匹の獣は崖を駆け上っていった・・・・
もう、俺は後悔に捕われない。
きっと。
君がいる限り。
END