二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

必要経費

INDEX|1ページ/5ページ|

次のページ
 
「何してるんですかぁ?」
「雑費の出納一覧をまとめているんです」
 少しゆったりとした口調が頭上から降ってきたが、ロランは特に慌てもせず返事を返した。マークはいつもそんな調子で、最近は気配を潜めて背後に回り唐突に声をかけるのがお気に入りらしい。
 最初は少し驚いていたロランも、すっかりそうした行動に慣れた。慣れてしまってはつまらないとマークが膨れる……かというとそうでもなく、彼女は相変わらず背後から声をかけてくる。単純にそうした行動そのものが現在のお気に入りらしい。
 果たしてマークはふーん、と口の中で唸るとそのままロランの背後から覗き始めた。
 そしていきなり頭が軽くなった。マークがロランの帽子を取り上げたのだ。
「何ですか、急に」
「いやあ、帽子が邪魔で」
「上からではなく横からの方が見やすいのでは?」
「いやいや!ここから見るのがね、いいんですよぉ」
 見慣れた緩い笑みを浮かべると、マークは帽子を小脇に抱えて再び覗き始めた。
 こうなれば諦めるより他は無い。溜息一つ、ロランは膝の上の書類をめくり上げた。
 内容は他愛ない。彼ら『未来の子供』達は一つの部隊にまとまるよう配慮されており、周囲の一般兵達も彼らの両親と縁が深い理解者が多い。そうやってイーリス軍の片隅におさまった小部隊の、マークに語った通りの雑費出納書類だ。
「雑費ってどんなものですか?」
 マークの声は横手から聞こえた。途端に頭に帽子がぼすりと勢い良く乗せられ、同時に声の主が勢い良くロランの斜め横に腰を下ろした。頭上から覗くのに飽きたらしい。
「雑費は、雑費ですよ。武器防具でもなく、糧食でもなく、治療用の膏薬や消毒布でもない。例えば矢尻の補充や折れた刀剣の取り替えなどは雑費には入りませんが、砥石や剣油は雑費です」
「私やロランさんの下着は?」
「……雑費に入りますね」
 品が無い、と一瞬考え、ロランは小さく咳をした。衣類に属するものを下品と考えるのは少々穿ちすぎ、深く考え過ぎではなかろうか。
 表面にはそういう考えを出さずに書類をめくった――つもりだったが、マークはロランの顔をしげしげと長め口の端を持ち上げた。
「ロランさんは助平ですねえ」
「何を言うんですか!」
「あれ、当てずっぽうだったのに! 当たっちゃいました?」
 今度はけらけら笑いながらマークは検分済の書類に手を伸ばし、ロランは今度こそ深々と溜息をついた。彼女のこうした言動は、とある人物の諧謔的な言動とよく似ている。
 さすが親子といったところか。ロラン達と違って物証や記憶が希薄な娘ではあるが、マークは雰囲気や言動によって軍師との血縁関係を見事に納得させていた。

 マークに難儀な性格を伝えた男は、ロランの差し出した書類を検分すると軽く頷き、手元の書類束の中に加えて綴じ込んだ。彼の手元に集められている書類は全部隊から提出された雑費計上文書で、当然ながらそれは結構な分量だ。だが、ロランの書類を綴じ込んだ書類束の置かれた文箱はそのうち全書類の半分程度しか入っていない。
 自然とそこへ目を向けたロランに気づいたのか、マークの父親が苦笑気味に肩を竦めた。
「全ての小隊にロランみたいな有能書記が配属されてる訳じゃないからな」
「では、こちらの綴じられていない書類は……」
「そう、全部書き直し」
 無論それをやるのは軍師たる彼の仕事になる。この役職は案外雑用文官兼任なのさ、そう言いながら彼は未整理の書類を片手にロランへもう一方の手を振った。
 ご苦労さん、もう退出していいよ、という事なのだ。
 手伝いますという一言を口にしそびれたロランは傍目に微妙な顔つきで天幕の外に出た。
 実の所、軍師の彼を一番手伝っているのは、意外にも自称娘のマークだ。ややもすれば脳天気にも見えかねない娘だが、悔しい事に数字が絡んだ計算ごとには滅法強い。先刻書類をまとめていた際も、マークは数回口出しして修正箇所を指摘してきた。
 その割に雑費の概念を知らなかったりもする。ひたすら数字しか見ていなかったのだろうが、そうした集中力や暗算能力はロランにとって少し羨ましい。
 書類が完成する直前にふらふらどこかへ行ってしまった彼女は今頃どこの天幕にいるのやら、ぼんやりそんな事を考えていたロランの視界の端をを見慣れた癖毛が横切った。
「マーク、……何ですかその格好は」
「あ、ロランさん。書類大丈夫でした~?」
「ええ、お陰様で。で、マーク?」
 いつもの黒い外套を脱ぎ、マークが羽織っているのは目の細かい毛織りの、そして明らかに寸法の合っていないだぶだぶの上着だ。それに大きめの肩掛け鞄――と言うよりむしろ帯が縫い付けられた麻袋――をぶら下げ、さらに首から何やらを太い紐でぶら下げている。へその近くまで垂れてぶら下がっているそれは小ぶりの巾着だった。と言うより、財布だ。
「これはですね、ロランさん。マークちゃんは雑費を消費に行くのですよ!」
「つまり、買い物ですか」
「はーい、ご名答」
「いつもの上着はどうしたんですか」
「セレナさんが前に『その格好は街じゃ目立って浮いてるのよ!』って言ってたんですよ。それでどうしようか悩んでたら、丁度グレゴさんが通りかかって」
「なるほど」
 グレゴから私服の上着を借りたのだろう。なるほど傭兵の彼らしく、無駄な装飾も無く機能的な作りで、しかし肘や袖口などは丁寧に補修されている。薄く脂も引いてあるようだし、きっちりと着込めば体温も逃がさないだろうし少々の雨なら凌ぐ事もできるだろう。
 無論きっちり着込めないマークにとってはどれも意味の無い前提だ。普段の外套が茶色くなっただけ、といった格好でマークは肩に引っかかった鞄の帯を揺すり上げた。
「あ、そうだ。ロランさん、暇ですか? 暇ですよね? 一緒に行きましょう、雑費!」
「マーク。僕はまだ返事をしていないんですが」
「父さんの所へさっきの書類を出してきたんでしょ? じゃあ暇なはずです!」
 確かにその通りだった。

 ロランはどうにもマークに振り回されがちだ。最初はそうでもなかったはずなのに、気づけば振り回され役の地位に収まってしまっていた。
 その事はごく自然に当然の事と認知されてしまい、傍目に時折呆れや苦笑の気配を伝えてくるのは今や比較的親密なジェロームだけになってしまった。
 不本意な気持ちも当然ある。しかしマークのどたばたに付き合ってさほど不快にならないのは、恐らく彼女と会話するのが面白いからだ。
 マークは頭が良い。恐らく自分より良いだろう、ロランはそう考えている。
 ただロランと違って彼女はやや自分本位な所があり、物事の捉え方も幼く、偏っている。頭の回転が速いマークの切れ目無いおしゃべりに突っ込みを入れつつ彼女の偏りに矯正を施し別の視点を与えていくのはなかなか面白かった。
「ふぅむ? つまり私はまだまだ改善の余地有りって事ですか?」
「そう見えますね」
「確かにそうかもしれませんね! 父さんにもよく言われますし! でもロランさんも同じだと思いますよ~?」
「何故そう思います?」
「そういう意図を全部私に全部喋っちゃう事とかぁ」
作品名:必要経費 作家名:下町