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「貴女にはあらかじめ言っておいた方が良いだろうと判断したからですよ。違いますか? それにこうして意図をばらして喋るのも今日が初めてじゃないですよ」
「むー。確かに、内緒で策謀巡らされるよりは腹を割って語り合う方が好みですねっ」
 鼻の頭に軽く皺を寄せ、マークはぶらりと足を投げ出した。振動に合わせ、重たげな靴の先端がゆらゆら不自然に揺れる。
 二人が腰掛けているのは空の樽を積み上げた荷車の後部だ。樽にたっぷりの糧食を詰めて野営地まで届け、代金を受け取り、ついでに茶飲みがてら他地域の話などを聞いて(おおむねそれらは街に戻った後酒席の肴になるようだ)、ついでに心付けの酒瓶一本など融通してもらい機嫌良く街へ帰っていく、そんな荷運び屋の帰途に便乗している格好だ。
 どうやら酒瓶どころか茶碗酒一杯も引っかけたらしい髭面の御者はロランとマークの願いを機嫌良く引き受けた。
 石を踏んだかガタリと荷台が揺れ、そしてほどなくのろのろと停止した。街郊外にある倉庫の前で、ここが短い旅路の終点だ。
 荷台から勢い良く飛び降りると、マークは素早く前に回り髭面男に頭を下げた。
「ありがとう、おじさん!」
「おう。ここの商店は数こそ少ないが品揃えはちょっとしたもんだぜ。楽しんでいきな」
「はーい」
 笑いながらマークは勢い良くだぶだぶの上着を翻し、続いてロランも目礼すると揺れる肩掛け袋の後を追った。市の立つ日でもなしさほど混雑はしていないだろうが、見失うと後々面倒そうなのがマークという娘だ。
 そのままどこやらへすっ飛んで行くのでは、という予想に反してマークは途中で足を止めロランが近づくのを待っていた。不思議に思う内心が顔に出たか、マークは例の父親に似た笑みをにまりと浮かべた。
「先に行っちゃうと思ってました?」
「以前皆さんと来た時は真っ先に行方不明になっていましたからね、貴女は」
「私も学習するんですよ! なーんちゃって、今日はやりたいことがあるんですっ」
「雑費の消費でしょう」
「最初はそのつもりだったんですけど~」
 妙に間延びした調子で呟くと、マークはロランを横目でちらりと眺め妙に楽しげな笑みを浮かべた。
「予定変更したんです!」
「僕のせいですか」
「そうですよ~。あんな所でふらふらしてるロランさんのせいです! 責任取って下さいねぇ」
 ふらふらもなにも、軍師の天幕から出て数歩踏み出した所でマークとすれ違ったのだが、ロランは黙っておいた。
 倉庫街から商店の建ち並ぶ目抜き通りまではさほど距離もなく、確かに髭御者の言う通り軒数はさほどでもない。
「これはまた。意外と……」
「小さい、ですか?」
「逆ですよぉ! 活気がありますねぇ、父さんの言う『商業拠点』って所なんですね」
「それはそうでしょう、ただ野営をするだけじゃなく駐屯地をしっかり作って長逗留しているんですから」
「なるほどー、補給もできるって事ですもんね」
「そうです。……軍師を目指す人がそこを失念してどうしますか」
 思わず呆れた溜息が漏れ、マークは照れくさそうに頭をかいた。
「うーん、それなんですよねぇ。それ! 私、足りてないんですよ! 雑費が!」
「雑費?」
「大まかな戦略の要とか、目先の戦闘に有用な判断基準とか、そういう色々は書物で勉強もできるし父さんも時々教えてくれるんですけど」
「つまり一般常識が抜けていると」
「失礼な! 全然無い訳じゃないですよ! ……ちょっと足りないけど」
 天真爛漫と表現されがちなマークの言動を思い返し、ロランは小さく頷いた。確かに彼女はちょっとばかり常識が足りない。頭が悪い訳では無く、単純に無知なのだ。一度理解すれば繰り返さない。ただ、無知な部分が当初はあまりに多かった。
 最近は出会った当初ほどでもなく、仲間達もだいぶ大人しくなったものだと言い合っている。その割に天真爛漫な印象が相変わらずなのは、彼女の元々の性格故なのだろうが……
 そのような事を思い巡らすロランを横に、マークはいつの間にか足を止めて妙に力説を始めていた。
「私、思うんですけど! ほら、雑費も知らなかったじゃないですか。雑費」
「ああ、そうですね」
「何しろほら、記憶も無いですし私。その辺の知識も綺麗に消えちゃったのねぇ、なーんて思ってたんですけど。ひょっとしたらこれ、最初から知らないだけなんじゃないかって最近思い始めたんですよね! ロランさんのおかげなんですけど」
「僕ですか」
「ロランさんは博識ですからね! 父さんに言わせるとロランさんも大概書物頼りの知識先行型だそうですけど、あ、これ余計な事でしたかね? 今度父さんに会った時聞かなかったふりしてあげてください! それに父さんもクロムさんに拾われた頃は私やロランさんより酷い知識先行型だったそうですよ、そりゃ記憶が無いんだから当たり前ですよねー。そう、それで私もそうなんですけど、その中身が偏ってる上汎用性が無いっていうんですか? それこそ雑費みたいな、最重要じゃ無いけどまるきり無いと困っちゃうようなものがね、足りてない気がするんですよね。ロランさんならそういうものに詳しそうじゃないですか、というか今の私に必要な過程を知ってるんですよロランさんは!」
 立て板に水といった調子で喋り立てると、さすがに口が疲れたかマークは押し黙って意気を整えた。ロランは軽くこめかみに手を当て彼女の言葉を吟味し、眉根を寄せて胸元を叩いているマークをじろりと見遣った。
「つまり僕に知識の『雑費』を教えて欲しいと?」
「んー、そうなるのかな? たぶんそうです」
「はっきりしませんね」
「んー」
 珍しく歯切れ悪くマークはふにゃふにゃと笑い、手を伸ばしてロランの上着に手をかけ軽く引っ張った。
「ま、とりあえず当初の予定を完遂しましょうよ、ロランさん」
「その当初の予定、僕は知らされてないんですが」
「あれ、そうでしたっけ?」
「予定を変更したと言っていたじゃないですか」
「ああ! 違いますよ~、その前の予定です! 雑費の消費をするんですよ」
 つまり買い物をするという事か。しかしそれでは変更したという予定はどうなったものやら、再び歩き出したロランの物問いたげな視線に気づいたのか、マークは笑いながら肩を竦めた。
「変更した予定は、お買い物と同時遂行できちゃうんですよ。さすがマークちゃん! って思いません?」
「思いません」
「あら冷たい」
「貴女が何をしようとしているか僕にはよく分かっていませんからね、褒めようもないじゃないですか」
「ごもっとも!」
 明るく笑い、マークはロランの上着を掴んだままぶんぶんと両手を振って歩みを早めた。こうなればついていく他無く、結局ロランはマークが言うところの変更された方の予定とは何なのか聞きそびれてしまった。

 油紙を広げると、中には折りたたまれた柔らかい布が一枚。本来はご婦人の洗面布らしいが、マークがこれを選んだのは眼鏡拭きにも良さそうだという理由だった。
 実際その用途としても悪く無さそうだ。生成地に臙脂の縁かがりがされた地味な一枚を広げてしばし眺め、ロランは改めて折りたたむと油紙ごと簡易机(要するに木箱だ)の端に置いた。
作品名:必要経費 作家名:下町