必要経費
痛いところをついてくる、と苦笑いした顔をマークに見られないのは幸いだった。
「天才だったら、私の事を羨ましい! なーんて言わないはずですもん。だからロランさんは普通で、変人です」
「変人? 僕がですか? さすがに貴女に言われるとちょっと空々しいですよ、マーク」
「でも、変ですよ! たぶんね、ロランさんの雑費が多すぎるんですよ」
「僕の雑費?」
「ちょっとこちらへ早く来ちゃった~とか、凄く頑張り過ぎてそういう人だと思い込まれてる所とか、面倒でも付き合い良くってつまり他にやりたい事があってもすぐ諦めちゃう所とか、お母さん大好き過ぎとか、いい奥さんになれちゃいそうな気配りっぷりとか」
「最後はちょっと同意しかねます」
「そうやって、敢えて平坦な声で淡々と返事を返そうと頑張ってる所とか。ね、マークちゃん結構いいところびしびし突いてません?」
「……そうですね」
今度こそ隠しもせず、ロランは苦笑を言葉に滲ませた。
真面目な言動で諸々を覆い隠している事は確かだ。それは時にはごく自然で、時には努力を要する。そうした粗の部分をマークはつついて変だと言い立てている訳だ。
「マークは算術と人を見る目の天才ですね」
「見る目、ありますかねぇ?」
「厳密には相手の本質を見抜く目、ですかね。でもあまり公言しない方が良いですよ、事を荒立てますから」
「この間ジェロームさんと荒立てちゃいましたね」
「一番最悪な相手でしたね、それは。彼は僕以上に隠したがる人ですから、もう止めた方が良いですよ。その方が貴女が望むよう仲良くなれます」
「はーい」
確認の終わった木箱の蓋を閉じつつ、ロランはふと浮かんだ疑問を投げかけた。
「マークは僕の雑費について考えたんですよね」
「そうですよ!」
「それはまた、何故?」
「ロランさんが先じゃないですか」
「僕が先、ですか」
「ロランさん、いつも内心の意図とやらを全部晒してから私に色々ちょっかい入れるじゃないですか」
「ちょっかいって……それは貴女が変だからですよ。ちょっとばかり幼いとも思います」
「そこが私の雑費なんですよ」
何かを納得したような、できないような。ロランはまたも隠し立てせず溜息をついた。マークの思考回路は難解だ。だが、お互いの他と違った特質を雑費と表現しているのは間違い無い。
「雑費、ですか」
「そうですよ! すごーく大事だけど、絶対必要でもなくって、中身が色々変わっちゃうもの! 雑費でしょ?」
なるほど雑費だ、やっと納得しつつロランは再び苦笑を浮かべた。例え方が突拍子もないが、実に的確で分かりやすい。
書類を繰り、新しい木箱を開ける。中に詰まっているのは雑費相当の物資ではなく、必需品たる薬品ばかりだ。足元に敷いた布の上に油紙に包まれた膏薬を丁寧に並べつつ、さて、自分の中でこれら薬品に相当するものは何なのだろう。
「マーク」
「はぁい? 何か欠品ありました?」
「貴女は僕の医薬品と雑費、どちらだと思います?」
実の所自分でもよく分からない。回答の無い問いを投げかけたのはマーク側の意見を聞きたかったからなのだが、しばしの間の後返ってきたのは妙に焦った様子の早口だった。
「し、知りませんよっ! ロランさん、わざわざ訊くって事は自分でも分からないんですよね! そうでしょう!」
「ええ、そうですね」
「じゃあ私も、分かりませんっ!」
珍しく嘘を感じたが、黙っておいた。そして嘘だと感じたものの、結局マークの考えもさっぱり分からず、ただ顔を真っ赤にしたマークが声をかけたあたりの検品を間違えた事はまず間違い無い。妙な物音がしたから、分かる。
今度は普通に声を立てず笑い、ロランは責任を取ってマークが担当した検品やりなおしの覚悟を決めたのだった。