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桜舞う季節に

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・・・今年も見事な花の季節が訪れましたね。

 我が家の庭に、今年も見事に咲いた満開の桜の木を見上げながら、日本はやや寂しげな微笑みを浮かべた。

 桜の名所と呼ばれるところは、今頃はどこもきっとお花見の人出でにぎわっていることでしょうね。
 ・・・私?私ですか。いえ、私はあまりお花見に行くことはありません。たまにみなさんのお付き合いで出向くことはもちろんありますが。

 ・・・いえ、いえ、長き歳月、毎年毎年花の咲くのを見続けたって、決して飽きるものではありませんよ。同じ木であっても、毎年同じ花が咲くわけではありませんからね。
 同じ木に咲く、同じ花であっても、一期一会です。今年の花を来年また見ることは決して出来ないのです。
 世は無常、咲いた花ならいずれは必ず散り行く定めです。誰にもそれを押し留めることは出来ません。

「深草の野辺の桜し心あらば今年ばかりは墨染めに咲け」という、わが国は平安時代の古い歌があります。上野岑雄(かむつけのみねお)と言う方が、友人の死を悼んで詠まれた歌だそうです。
 ・・・彼の悲しみを汲んだ桜は薄墨色に咲いたといいます。

 世の常の人々と比べれば、はるかに長く生きる私たちをうらやむ方もいるかもしれません。しかし、長く生きていれば、目に映るものは美しいものばかりではありません。

 桜の花は美しく、千年二千年の時を経ても変わる事無く毎年咲くけれど、桜には悲しい思い出もたくさんあるのです。

 そう、今からほんの60年程も前の事でしたね、あの戦争が終わったのは・・・

 ・・・ああ、すみません、あなたには生まれる前のことでしたね。
私にはまだ昨日のことのように思えるので、つい「ほんの」なんていってしまいますが、どうか許してください。

 私は国そのものである故に、国の総意に動かされます。しかし、逆に私が国を自由に動かすことはできません。
 だからといって許されることではないかもしれませんが・・・。

 あの時私にはどうすることも出来ませんでした。私にはただ見ているしかなかった。
 私のか細い声は誰にも届かなかった。

 国土の各所が空爆で見る間に焦土と化し、広島と長崎の地には原爆が落とされ、戦争は終わりを迎え、私は瀕死の状態になりました。
 ・・・あの時は私も、もう二度とこの地を踏むことはないと思いましたよ。
 だがそれも、国のためにも、民のためにも何も出来なかった私に与えられた結末なのだと思い、ただ受け入れるしかありませんでした。

 ・・・ふふ、そうですね。それでも私は今ここにいます。この国は不死鳥のように焦土から再び立ち上がり、繁栄のときを迎えました。

 ・・・なぜだと思いますか?
 ・・・そう、もちろん私の力などではありません。

 生き残った人々が、生きたくても生きられなかった人々の残した思いが、今のこの国を再び作ったのです。


 ・・・長い歳月の間には、辛いことも幾たびもありましたが、あれは中でも辛い記憶のひとつです。私は見ているだけで、何も出来なかった。あの時止めることができたならと今でも・・・

 ・・・ふふ、年寄りの繰言ですね。過ぎた時を戻すことは出来ませんからね。

 あなたはまだお若い。この国のたどった悲惨な戦いの歴史など、今の平和と繁栄を謳歌している時代に生まれて生きるあなたには、ぴんと来ない話かもしれません。

 ・・・ああ、もちろん、今の時代には別の戦いが行われていることも知っていますよ。
でも、忘れないで欲しいのです。あの時流された多くの血の上に、この国の今があることを。

 生きたくても生きることが出来なかった人々が未来に託した願い、それがあなたたち。
彼らの願いはただひとつ、この国のすべての人々が安心して幸せに暮らせる世の中が訪れること。

 だから、どうか忘れないでください。決して忘れてはいけません。
この国の為に流された、多くの血のことが忘れ去られた時、また同じことが起こります。

 人は過ちを犯すもの。
 国もまた然り。

 ・・・私も例外ではないのです。
 もう二度とあの悲劇を引き起こすのだけはごめんです。

 戦争で目の前から次々と大切な人たちが奪い去られていくのを見ることだけは。

 母親の腕から赤ん坊が死の冷たい手によって奪い取られる。
 幼い子供をかばって、目の前で母親が無残に命を落とす。
 赤紙一枚で、愛する人が二度と戻らぬ戦場へ駆り出される。
 空襲で、さっきまで一緒にいた家族が友達が仲間が瓦礫の下で物言わぬ骸と化す。
 原爆は多くの人を一瞬にして跡形もなく消し去ってしまった。かの人が生きた痕跡すら残さずに。
 あれから60年以上も過ぎたというのに、今も多くの人たちが、その後遺症に苦しんでいます。

 過ちは二度繰り返してはなりません。

 だから、忘れないでください。
 私はすべての国民の前にあって無力です。

 『国』を動かすのはあなた方ひとりひとりなのです。
 そのことを決して忘れないでください。


 ・・・そういうと、日本は遠い目で満開の桜の木を見やった。
 花はすでに盛りを過ぎて、風にはらはらと花びらを舞い散らせていた。

 儚いものですね、まるで人の命のようだ・・・

 桜は散り際が一番美しいと言いますが、
 人の命は決してこんな風に散らしてはいけない・・・



 それ切り黙って桜吹雪の中に立ち尽くす日本に、私には掛けるべき言葉が見つからなかった。


作品名:桜舞う季節に 作家名:maki