ダカーポ2 snowy tale
第7話
杏を寝せて1階に戻ると、2人はお茶をすすりながらテレビを観ていた。音ねぇ好みの時代劇が映っている。由夢も興味津津といった様子で見入っていた。
「由夢ちゃん、弟くんが来たよ。一旦お休みしよう?」
「や、今いいところだからもう少しだけ」
「だーめ。はい、終わり」
あの音ねぇが自分から時代劇を止めるだと。それにこの口ぶり、ある程度察しが付いているのだろう。流石は音ねぇだ。隠しているつもりでも、すぐにわかってしまうんだろうな。
なぜか少しだけ不貞腐れたような顔で、由夢が俺を睨み付ける。
「……で、兄さん。何か話があるんでしょ? さっさと言っちゃってよ」
「こら、由夢ちゃん。そんな言い方は駄目だよ」
流石はずっと一緒に育った家族のような2人だ。由夢だって気付いているんだろう。
「あのさ……大事な話があるんだ」
「はい、何でしょう」
音ねぇは真面目な表情で、由夢は不貞腐れながらもこちらをチラチラ見て、俺の言葉を待っている。下手な言い回しは要らないだろう。このまま一気に言ってしまう。
「杏にプロポーズすることにした」
「……はい?」
「え……え?」
2人とも目が大きく見開かれ、そのまま固まる。あれ、わかってくれているんじゃないのか。
「えーと……あの、大丈夫か?」
「おと……おと、弟くん! そういうのはまだ早いよ! 早い、早い、うん、とにかく早いの!」
「お姉ちゃん、落ち着いて。や、私も落ち着かなきゃ」
かなり混乱する2人が互いに落ち着け合って、ようやく俺の話を聞いてくれそうな様子になる。
「あー、びっくりした。お姉ちゃん、てっきり雪村さんと同棲するって言われるのかと思っていたのに」
「うん、私もそのくらいだと思っていた」
いや、それは既にやっているようなものなんだけど。でもそれを言ったら面倒なことになりそうで、口にチャックをしておく。
「それにしても、どうしてまた急に? 弟くん、就職するの?」
「あぁ、そのことなんだけどさ、水越先生の研究所に勤めることになったんだ」
「え……えぇ!? 弟くんが研究者!? 由夢ちゃん、知っていた!?」
「ううん、ううん、知らない。私も初耳だよ。どういうこと、兄さん!」
いや、どういうことと言われても。
「そうか……考えてみれば、由夢とこうして話すのは1カ月ぶりくらいなんだな。寂しかったんだろ?」
「や、寂しくないです」
「え、でもそんな顔してないか?」
「寂しくないです!」
由夢は顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまった。
「弟くん、あんまり意地悪しちゃ駄目なんだからね? 私たち、家族なんだから」
「あ……そうか、そうだな」
家族、か。考えてみれば就職先が決まったのに、俺は家族に報告していなかったんだ。プロポーズのこともそう。浮かれ過ぎて、そんな大切なことに気付いていなかった。
「由夢……ごめん」
「別にいいよ。その……それよりも、本当にプロポーズするの?」
「あぁ、する。卒業と同時に籍も入れるつもりだ」
「そう……うん、いいと思うよ。雪村さん、無理しているように見えるから」
由夢の言う通りだ。杏は何かと無理をしてしまう。特に記憶力が低下してからは、これまで以上に頑張り過ぎてしまうことが何度もあった。今日だって、本当は脚本作りで全然眠っていない杏を無理矢理休ませるためにこっちに連れて来たんだ。
「そっか……弟くんが……結婚かぁ……幸せにしてあげてね」
「気が早いって、音ねぇ。まだオッケーも貰っていないのに」
「ふふ、その点は大丈夫じゃない? ただし弟くんも無理し過ぎないで。疲れたら、いつでも帰って来ていいんだからね?」
「音ねぇ……ありがと」
「私だけじゃなくて、由夢ちゃんにも、ね?」
「わかっているって。由夢も、色々とありがとうな」
杏のことを気にして、よく見てくれていたに違いないんだ。感謝してもしきれない。
「や、私は何もしていないから」
「それでも、これからもよろしく頼むよ」
「……うん」
音ねぇ、由夢のためにも、きちんとアルバイトを頑張らないとな。
作品名:ダカーポ2 snowy tale 作家名:るちぇ。