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それぞれの1日

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ルートにとっては怒涛のような週末が過ぎて、また月曜日がやってきた。もうすぐ、またいつものように訓練が始まる時間だ。・・・果たしてフェリシアーノは来るんだろうか?俺はいったいどんな顔をしてフェリシアーノと顔を合わせればいいんだ?
 ルートはまだ迷っていた。こんな状態でチームワークなど望むべくもない。いっそ何事もなかったかのように、機械的に訓練に望むべきなのか?いや、こんな状態を放置するわけにはいかない、いやしかし・・・いくら考えても堂々巡りだった。
 週末に起こった一連の出来事をどうしてもまだ受け入れることができず、ルートは迷っていた。更にローデリヒともあのようなことになってしまい、何をどうして良いものか、こんな時に相談する相手もなく、身の置き所もないとはこのことだった。

 ──しかし卑しくもドイツ人男子たるもの、何があっても逃げるわけにはいかない。やはり正面切ってフェリシアーノに会って、正直に自分の誤解についてきちんと説明して謝らなくては。

 ・・・ただ・・・きちんと・・・説明ができるものだろうか?正直言えば、これ以上恥ずかしいことはなかった。
 戦いの鬼とまで言われ、どんな恐ろしい戦場でもひるんだことがない自分が、こんなことでどうしていいのか分からないなんて・・・。
ルートは自分がどうしようもなく情けない人間になったように思えた。

 ──しかしチームワークのためにはここで逃げることは許されない!
 ルートは自分にそう言い聞かせ、ともすれば挫けそうになる心を励まし、重い足を運んで漸く訓練場に足を踏み入れた。ついに訓練の始まる時間が来たが、フェリシアーノはなかなか姿を現さなかった。
 いつものことといえば、いつものことだった。しかしルートの気持ちの問題とはいえ、今日に限っては勝手が違う。

 腕のクロノグラフを確かめると、つい習慣で「あいつめ、また遅刻か──!」という言葉が口を吐きかけたが、さっきの考えがふと頭をよぎる。
 ルートの心の中で堂々巡りがまた始まった。
「訓練に来ないのはやっぱり俺のせいなのか・・・」と不安になりかけた頃、ようやくフェリシアーノが訓練場に姿を現した。


 ──来たか、フェリシアーノ!
 その姿を見た瞬間から抑えきれない胸のときめきを覚え、思わず頬が緩みかけたが、そんな自分を心の中で叱咤激励し、いつもなら得意のしかつめらしい顔を、今日はたいそう苦労してようやく作りあげ、ルートはフェリシアーノを出迎えた。

「遅いぞ、フェリシアーノ!訓練の始まる時間はとっくに過ぎてるぞ!」
 まずはいつもどおりの一言から入ってみる。
 そんな彼の複雑な心中も知らぬ気に、フェリシアーノは普段と変わらない様子で彼に飛びついてきた。
「ルート~、ルート~!おっはよう!ハグしてっ!!」

 体当たりするように飛びついてくるフェリシアーノを軽く抱きとめて、自分より小柄な彼のためにちょっと背をかがめて頬に軽いキス。
 いつもならこれで朝のあいさつは終わって、ルートの訓示が始まるところだが、今日は何だかいつもと様子が違う。あいさつは終わったのに、フェリシアーノがなかなかルートから離れようとしないのだ。
 よく動くくるくるした茶色の目が子犬のように輝いて、何かを期待しているように見える。ルートは一瞬、フェリシアーノの頭にありえない茶色の耳と、後ろでパタパタ振っている茶色の尻尾が見えたような錯覚に囚われた。

 ──あ、あぁ、こ、このままではイカン!
 理性が衝動に負けそうになり、焦ったルートはいきなりフェリシアーノの両肩を捕らえて、唐突にこう切り出した。

「フェ、フェ、フェリシアーノ!この間は済まなかった!」
「えっ?」と相変わらず茶色の瞳をくるくるさせながら、フェリシアーノはルートの水色の瞳をじっと見つめかえしてくる。
 たちまちにして顔が真っ赤になり、汗が噴出してくるのを感じたが、ここで引き下がっては男が廃る。何とかここは最後まできちんと言い切ってしまわなくては!ルートは焦った。

「あ、あ、あー、そ、そのだな、この間のプロポーズの件なんだが・・・」

 ──だ、だめだ、もうめまいがしてきた・・・
「俺、嬉しいよ、ルート!」

 ──え?な、何だって?幻聴か?俺は夢でも見てるのか?
「今、何て言った?フェリシアーノ?」

 フェリシアーノは天使のような笑顔を満面に浮かべて答えた。
「俺もルートのこと大好きだよ!こないだは突然だったんでびっくりしちゃったけど」
 呆然とするルートの様子を気にするでもなく、自然体のまま、にこにこしながらフェリシアーノは話し続けた。
「指輪ありがとう、ペンダントと一緒にずっと大切にするね」
「・・・・・・」

 ルートは驚きのあまり、ポカンと口を開けたまま、馬鹿みたいにフェリシアーノの顔を見つめるだけで何も言葉が出なかった。

「急に結婚は無理だけど、俺、ルートのこと大好きだし、これからもずっとルートと一緒だよ。でも、これでもう俺たち友だちじゃなくなったんだね」
「・・・えっ?」

 ──そ、それはどういう意味だ・・・とフェリシアーノに問おうとして、ルートが慌てて身を乗り出した瞬間にそれは起こった。
 フェリシアーノは、ルートが身をかがめて彼に顔を近づけた瞬間を逃さずに、いきなり彼に口付けた。もちろん、あいさつのキスなどではない。恋人としての初めてのキス。

「・・・ん、んんっ!」ルートは更に顔を真っ赤にして、目を丸くして、目の前にあるフェリシアーノの顔を見つめた。
 フェリシアーノはそんなこととは露ほども知らず、目を閉じて一心にキスに集中していた。これまで数多くの相手とたぶん何百回と交わして磨き上げてきた、でも今が一番の甘くて切ない情熱的なキス。

 突然のことでルートはパニック状態に陥ってしまった。
 ──だ、誰も見てないか?!・・・いや、それより心の準備が・・・な、何でこんなことになった?・・・と、とにかくやつを止めないと・・・この状況を何とか・・・

 頭の中にいろんな考えが浮かんでは消えて、ぐるぐる回っているような、めまいにも似た感覚が駆け巡る。
 二人の体格差を考えれば、フェリシアーノを押しのけることなど造作もないはずだったが、ルートはまるで体が痺れたように指一本動かすことができなかった。首の後ろに回したフェリシアーノの柔らかな手が、燃えるように熱い・・・。

 ──だ、だめだ、今度こそ本当にだめだ。気が遠くなってきた・・・
ルートの意識は桜色の霞の中に溶けていった。


「ね、ルート、どうだった、俺のキス?」
 ようやくルートから離れたフェリシアーノは、またいつもの天真爛漫な笑みを浮かべて、よく動く瞳をくるくるさせながら、改めて期待あふれるまなざしをルートに向けた。ところが・・・

「・・・って、ルート、どうしたの?しっかりしてー!ねえ、ルートったら!」
 ルートは固まっていた。目は虚ろでどこを見てるのか分からないし、フェリシアーノの肩に掛けた手もピクリとも動かない。立ったままで半失神状態というべきなのだろうか。

「ルート、どうしちゃったのー?!ど、どうしよう~~~」
作品名:それぞれの1日 作家名:maki