それぞれの1日
どうしていいか分からず焦ったフェリシアーノが、泣きながらルートの頬に荒っぽい平手打ちを2~3回見舞うと、やっとルートの目に焦点が合ってきた。
「痛た・・・な、何だ、何が起こった?」意識が戻った瞬間、何だか頬は痛むし、フェリシアーノは目の前でルートの首に巻きついたまま喜んでジャンプしてるし、自分の置かれた状況が把握できないルートだったが、その直後、一挙にさっきの出来事が鮮やかによみがえってきた。
「ルート、よかった~元に戻ったね♪」
「はあ?・・・って、お前──」
──こんな公衆の面前で何てことをするんだ!場所をわきまえろ!俺を何だと思ってるんだ─と言おうとしたが、声にならず、ルートはそのまま地面にへたり込んでしまった。
体に全く力が入らない・・・両腕で顔を隠すようにして、立てた片膝に額を乗せてルートはじっと俯いてしまった。
「ルート、・・・大丈夫?」
心配したフェリシアーノが隣にしゃがみ込んで、そっと声を掛けてきた。
──ああ、大丈夫だ、心配するな・・・と言ってやりたいが、まだ声がでない。
何でこんなことになってしまったのか分からなかった。マニュアルにはそんなことは何も書いてなかったぞ・・・とちょっと例の本を恨めしく思う。
「あのさ、ルート・・・もしかして・・・初めてだった?」フェリシアーノが小さな声で聞いてきた。
「な、何っ?」何でそのことを・・・って、
「い、いや、その、何だ、・・・初めてじゃないが─」と焦って答える。その瞬間一挙に血が下がって、赤かったルートの顔が少し白っぽくなった。
初めては、ほんの2~3日前にローデリヒと、とは間違っても言えない。
「そう、ならいいんだけど・・・。初めてなのに俺やりすぎちゃったかなって思って心配になって・・・」フェリシアーノは涙ぐんでいた。愛らしい子犬のような茶色の瞳が潤んで、涙があふれ出している。
「ああ、もう泣くな!・・・俺は大丈夫だから心配するな」
ルートはそう言って、かすかに震えるフェリシアーノをしっかりと抱きしめた。
ああ、こいつは体温も高くてほんとに子犬みたいだな・・・と改めて思う。抱き合うのは初めてってわけでもないのに、そんなことを意識したのは初めてだった。俺が守ってやらなくちゃ、こいつは一人じゃだめなんだ。放っておくと何をするか分からないし、これからは片時も目が離せないな・・・。
しばらくの間、そうしてお互いの愛を確かめ合っていた二人だったが、フェリシアーノは突然ルートから離れて、つと立ち上がった。
「ルート、ちょっと待ってて、すぐ戻るから!」
「おい、どこへ行くんだ?ちょっと待て、訓練はどうするんだ?」
「だーいじょうぶ!待っててよ、すぐに戻ってくるから~」そう答えながら、フェリシアーノはもう走り去っていた。
「落ち着かないやつだなあ・・・」
あきれ顔でそうつぶやいたものの、ルートは満更でもない自分の気持ちに気がついて、我ながらちょっと意外に感じていた。
出会ってから今までのこと、そしてこれから起こるであろう数々の出来事を想像すると、フェリシアーノはこれからもまた、ルートの胃が痛むようなことを次々に起こすことはまず間違いないだろう。
だが、それでもいい。これからは俺がいつも一緒だ。何があっても必ずお前のことを守ってやるからな。ルートは、ひとり胸の内でそうつぶやいた。