それぞれの1日
──その夜。
帰宅したルートを珍しくも玄関で待ち構えていたのはギルベルトだった。
「何だ?兄さんが出迎えとは珍しいじゃないか、何かあったのか?」とルートが声を掛けると、ギルはニヤニヤ笑いながら
「ルッツ、お前、今日訓練中に気分悪くなってぶっ倒れたんだって?鬼の霍乱か?」
「な、何で兄さんがそのことを・・・」
ルートは自分でも、瞬間的に顔に血が上るのが分かった。
「何でもいいだろ。心配してるんだぜ、お前のことを」
「に、兄さんは黙っててくれ!関係ないだろっ!」
周章狼狽するルートを見て、いかにも楽しそうにニヤニヤしながらギルはこう答えた。
「うん、そうだよなー。確かにお前が誰とキスしようと俺には関係ないことだよなっ♪」
「に、兄さんっ?!それはどういう──」
「ケセセセッ!じゃ、またなルッツ!俺はひと仕事あるから部屋に戻るわ。ローデリヒ様手作りのうまい夕食ができてるぜ、あんまり待たせちゃまずいんじゃないのか?」
「うっ・・・」
赤くなった顔が、今度は白くなる瞬間だった。玄関ポーチで立ち話をしていた二人をじっと見つめているローデリヒに、ルートは気がついてしまった。
──兄さんめ、わざと・・・
ルートは泣きたくなったが、ドイツ人男子たるものこんなことで涙を見せるわけにはいかない!必死の思いで無理やりに自分を鼓舞して、ローデリヒのところへ向かい、何も気がつかなかったふりをして、
「ただいま、ローデリヒ。今日の夕食は何だ?」と無理に笑って見せた。
本人は笑ったつもりだったが、ルートの顔が赤白まだらになっており、更に涙目になっていたのをローデリヒはもちろん見落としてはいなかった。ただし懸命にも口にも顔にも出すのを控えたことは言うまでもない。
「ざまあ見ろってんだ、ローデリヒのやつめ。いい顔だったな!」
自室のベッドの上に腰掛けて、ギルベルトは独り言を言っていた。
──俺にはぜんぜん振り向きもしないくせに、やたらにモテやがってルッツのやつ・・・そうつぶやきながら、少し涙目気味のギルだった。
苛立ち紛れにあんなことをしたものの、本当はルッツを困らせるつもりなんかなかったんだ──心の片隅では、彼もかすかにそんなことを意識していたのかもしれない。
手にした携帯には、今朝撮ったばかりのルートの写真があった。いつものように仕事に出かけたふりをして、実は朝からこっそりルートのあとをつけて撮ったものだった。
──訓練の準備に余念がない、一生懸命なルート。
フェリとキスしているルート。
ひとりでグラウンドに座り込んでいるルート。
フェリと二人で並んで腰掛けて、ジェラートを食べているルート・・・
「普段は『俺はジェラートはあまり・・・』なんていってる割には、嬉しそうじゃないか、ルッツ・・・」ギルは唇を尖らせてそうつぶやいた。
──明日、この写真は菊に見せてやろうかな。あいつならきっと喜ぶはずだ。
さて、それじゃ、1日サボっちまった分、溜まっている今日の仕事を寝る前に片付けてしまうか・・・
ギルはデスクに向かった。
長かったそれぞれの1日がようやく終わり、静かに夜が更けていった。