あゆと当麻~Memory2
愛ある限り番外編ソウル・ラヴァー
記憶のジグソーパズル Memory2
ずだだっ。盛大な音を立てて階段から当麻が転げ落ちた。
音を聞きつけて皆が走ってくる。
「当麻! 大丈夫?!」
真っ先に亜由美が駆けつける。
「いてぇー」
と当麻が呟く。
それから不思議そうに亜由美を見る。
「あんた、誰?」
その言葉に亜由美は凍りついた。
「階段から落ちたときに軽く頭を打ったのでしょう。ショック性の一時的記憶喪失だね」
亜由美の東京の主治医はそう言った。
今でこそおとなしいが、生傷の絶えない、さらに命までたびたび危うくする亜由美は東京に行き付けの大学病院があった。
ナスティに運転してもらい、亜由美はこの病院へ当麻を連れてきた。
いつぞや、亜由美が記憶を失ったときもここで見てもらった。
「それにしても、君達は本当に似たもの同士だね」
主治医が笑う。
面目ない、と亜由美がぽりぽり頭をかく。
「まぁ。刺激しないようにしていれば大丈夫でしょう。いずれ戻ると思いますよ」
そういって医者は言葉を締めくくった。
ナスティと一緒に部屋を出る。
当麻は念のためにMRIを受けている。
はぁ、と亜由美はため息をつく。
こんな時、当麻はどう対処したのだろう?
数年前、亜由美が記憶を失ったとき彼は見事に対処した。彼がどうであったか思い出す。彼は亜由美を腫れ物扱いしなかった。悲しみに浸るよりはより建設的だが、その一方で自分が大切にされていることを思い知る。
どちらがつらいのだろう?
考え込む亜由美にナスティが大丈夫よ、と声をかける。
亜由美が不安に涙ぐむ。ナスティはこのか弱いあどけなさの残る少女を抱きしめた。
検査の結果、脳に異常は見られなかった。それだけでもよかったと亜由美は思う。彼の頭脳は彼の宝物である。
それが無事でよかったと胸をなでおろす。
戻ってから考えよう。亜由美は以前、当麻がこぼしていた言葉を心の中で繰り返した。
亜由美はどうするのか問われて、当麻を自由にさせることにした。
あの時、彼は亜由美の面倒を一手に引き受けたが、どうも自分はそこまでできない。
ならば、皆の手を借りられるだけ借りようと思った。
そこで手始めに皆に自己紹介を願う。
まず、遼から始まる。
当麻は天性の才能で状況を次々に飲み込んでいく。最後に亜由美の番になった。
テーブルの下で手を握り、惑う。
自分を何と言えばいいのだろう。
許婚だと言っていいのだろうか。
言わないでいることもできる。
が、また過去に舞い戻って自分の気持ちを押し隠すのか。
そのことがどれほど二人を苦しめたか知っているのに。
「姉様」
迦遊羅が小突く。
決心して亜由美は顔を上げた。
名を告げる。
「私は村瀬亜由美。当麻のひとつ違いの親戚。それから、驚かないで聞いてね」
そう言って当麻の反応を見る。彼はただ頷く。
「当麻の許婚、なの」
当麻が信じられない、といった風に亜由美を見る。
「別に思い出せなかったらそれでいいと思う。別に無理に好きになってもらおうとも思わない。いざって時は婚約を解消したらいいから」
その言葉に誰もが息を飲む。どれほど二人が思いあっているかは周知の事実だからだ。驚く皆を尻目に言葉を継ぐ。
「当麻は今の当麻でいてくれたらいい。記憶を失うことは悪いことだけじゃない。
心を軽くできるし、何よりも真っ白な心は見失っていた大切なものを見つけることができるの。そうね。きっと神様が心の休憩をくれたのね。だから無理に思い出そうとしないで。
きっと新しい当麻のこと皆受け入れてくれると思う」
さも自分が記憶を失ったことがあるかのように話すのを見て当麻が驚く。
そう、と亜由美は頷く。
「二度ばかし、記憶喪失になったことがあるの。その道ではいっぱしの口が聞けるかもしれないから、困ったら聞いてみて。一緒に考えるから」
そう言って笑う。
当麻は亜由美のその小さな体にどんな強さを秘めているのだろうと思った。
記憶を失った当麻はまず、自分の事を知ることにした。
事情聴取かと思われるような手順で皆から自分の情報を聞きだす。
遼は言う。
「当麻はいいやつだよ。頭がいいし、すばやい判断で皆を導いてくれる」
秀は言う。
「当麻って奴はよー。たまににいけすかないところがあるけど、基本的にはいいやつだよ。やっぱ、頭の良さはすげーよな」
征士は言う。
「やや軽薄なところがあるが、以前のとっつきにくさにくらべれば軽いものだな」
伸は言う。
「そうだね。時々冷たいと思うこともあったけれど、冷静な判断の上での行動なんだって最近は理解できるよ」
ナスティは言う。
「昔から特別扱いされていて、皆とどう関わっていいかわからないときもあったけれど、今はうまくやれているわ。
ちょっと不器用なのよ」
迦遊羅は言う。
「頭が良くて皆を正しい方向に導いてくれる人、かしら?」
どうも、頭の良さがメインの自分のようだ。
頭脳馬鹿だとでも言おうか。だが、亜由美の語る自分は想像もつかないものだった。
「当麻はとても優しい。いつも困ったら助けてくれる。どんなに自分がつらくてもちょっと困ったなぁ、って顔をして助けてくれるの。それから、弱さを見せるのが嫌いなのね。もっと甘えたらいいのにって思う。不器用なのね」
そういって締めくくった。
それから自分の所持品を確かめる。夏休みを利用しての滞在だと聞いたが、それにしてはいろんな本を持ちこんでいる。歴史、心理学、哲学、情報工学、宇宙物理、考古学などなど。いちいち分類していたら切りがない。自分は宇宙物理を専攻していると聞いた。
それについては謝らないと、と亜由美は言った。私がノーベル賞とってと言ったものだから、自然にそうなってしまったの、と語った。とってと言われて承諾した自分が信じられない。頼まれて取るものではないだろうに。
携帯を調べる。いろんなメモリダイヤルがある。見覚えのないものもあるものもたくさんある。あるといってもここにいるメンバー達意外知らないが。
とっつきにくいと言われた割にはかなりの人間関係だ。
メールを調べる。ここにそろっているメンバー達の名がほとんどだ。だが、圧倒的に亜由美とのメールが多かった。それはほんのたわいのないメッセージ。
何時に家に行く、どこそこで何時に待ち合わせる。ほとんど業務連絡に近い。
そこにどんな感情のやり取りがあったかは窺い知れない。
むしろ、他のメンバー達とのメールのほうがいろいろ書かれていた。
大学で何を学んでいるか、何があったかなど。映画、本、音楽の批評まであった。
果ては恋愛相談にまで乗っている。
このとき、当麻は亜由美との関係があれほど深いものだとは知りもしなかった。
ある夜中、当麻は庭を抜け出し、湖畔へと向かっていた。
視線の先に人影が二つ。
遼と迦遊羅だろうと思った。長い、ポニーテールをしていたから。
声をかけようとして当麻はとまった。
振りかえった顔が亜由美だったからだ。
二人は自分に気づいてはいない。
当麻はそっと近づいて身を隠した。なぜ、身を隠す必要があるのか分からなかったが亜由美が何を話すのか聞いてみたかったのだ。
「かゆが言っていた。そうとう参っているって」
ばれた?、と言って亜由美が笑う。だが、その微笑みは弱々しい。
記憶のジグソーパズル Memory2
ずだだっ。盛大な音を立てて階段から当麻が転げ落ちた。
音を聞きつけて皆が走ってくる。
「当麻! 大丈夫?!」
真っ先に亜由美が駆けつける。
「いてぇー」
と当麻が呟く。
それから不思議そうに亜由美を見る。
「あんた、誰?」
その言葉に亜由美は凍りついた。
「階段から落ちたときに軽く頭を打ったのでしょう。ショック性の一時的記憶喪失だね」
亜由美の東京の主治医はそう言った。
今でこそおとなしいが、生傷の絶えない、さらに命までたびたび危うくする亜由美は東京に行き付けの大学病院があった。
ナスティに運転してもらい、亜由美はこの病院へ当麻を連れてきた。
いつぞや、亜由美が記憶を失ったときもここで見てもらった。
「それにしても、君達は本当に似たもの同士だね」
主治医が笑う。
面目ない、と亜由美がぽりぽり頭をかく。
「まぁ。刺激しないようにしていれば大丈夫でしょう。いずれ戻ると思いますよ」
そういって医者は言葉を締めくくった。
ナスティと一緒に部屋を出る。
当麻は念のためにMRIを受けている。
はぁ、と亜由美はため息をつく。
こんな時、当麻はどう対処したのだろう?
数年前、亜由美が記憶を失ったとき彼は見事に対処した。彼がどうであったか思い出す。彼は亜由美を腫れ物扱いしなかった。悲しみに浸るよりはより建設的だが、その一方で自分が大切にされていることを思い知る。
どちらがつらいのだろう?
考え込む亜由美にナスティが大丈夫よ、と声をかける。
亜由美が不安に涙ぐむ。ナスティはこのか弱いあどけなさの残る少女を抱きしめた。
検査の結果、脳に異常は見られなかった。それだけでもよかったと亜由美は思う。彼の頭脳は彼の宝物である。
それが無事でよかったと胸をなでおろす。
戻ってから考えよう。亜由美は以前、当麻がこぼしていた言葉を心の中で繰り返した。
亜由美はどうするのか問われて、当麻を自由にさせることにした。
あの時、彼は亜由美の面倒を一手に引き受けたが、どうも自分はそこまでできない。
ならば、皆の手を借りられるだけ借りようと思った。
そこで手始めに皆に自己紹介を願う。
まず、遼から始まる。
当麻は天性の才能で状況を次々に飲み込んでいく。最後に亜由美の番になった。
テーブルの下で手を握り、惑う。
自分を何と言えばいいのだろう。
許婚だと言っていいのだろうか。
言わないでいることもできる。
が、また過去に舞い戻って自分の気持ちを押し隠すのか。
そのことがどれほど二人を苦しめたか知っているのに。
「姉様」
迦遊羅が小突く。
決心して亜由美は顔を上げた。
名を告げる。
「私は村瀬亜由美。当麻のひとつ違いの親戚。それから、驚かないで聞いてね」
そう言って当麻の反応を見る。彼はただ頷く。
「当麻の許婚、なの」
当麻が信じられない、といった風に亜由美を見る。
「別に思い出せなかったらそれでいいと思う。別に無理に好きになってもらおうとも思わない。いざって時は婚約を解消したらいいから」
その言葉に誰もが息を飲む。どれほど二人が思いあっているかは周知の事実だからだ。驚く皆を尻目に言葉を継ぐ。
「当麻は今の当麻でいてくれたらいい。記憶を失うことは悪いことだけじゃない。
心を軽くできるし、何よりも真っ白な心は見失っていた大切なものを見つけることができるの。そうね。きっと神様が心の休憩をくれたのね。だから無理に思い出そうとしないで。
きっと新しい当麻のこと皆受け入れてくれると思う」
さも自分が記憶を失ったことがあるかのように話すのを見て当麻が驚く。
そう、と亜由美は頷く。
「二度ばかし、記憶喪失になったことがあるの。その道ではいっぱしの口が聞けるかもしれないから、困ったら聞いてみて。一緒に考えるから」
そう言って笑う。
当麻は亜由美のその小さな体にどんな強さを秘めているのだろうと思った。
記憶を失った当麻はまず、自分の事を知ることにした。
事情聴取かと思われるような手順で皆から自分の情報を聞きだす。
遼は言う。
「当麻はいいやつだよ。頭がいいし、すばやい判断で皆を導いてくれる」
秀は言う。
「当麻って奴はよー。たまににいけすかないところがあるけど、基本的にはいいやつだよ。やっぱ、頭の良さはすげーよな」
征士は言う。
「やや軽薄なところがあるが、以前のとっつきにくさにくらべれば軽いものだな」
伸は言う。
「そうだね。時々冷たいと思うこともあったけれど、冷静な判断の上での行動なんだって最近は理解できるよ」
ナスティは言う。
「昔から特別扱いされていて、皆とどう関わっていいかわからないときもあったけれど、今はうまくやれているわ。
ちょっと不器用なのよ」
迦遊羅は言う。
「頭が良くて皆を正しい方向に導いてくれる人、かしら?」
どうも、頭の良さがメインの自分のようだ。
頭脳馬鹿だとでも言おうか。だが、亜由美の語る自分は想像もつかないものだった。
「当麻はとても優しい。いつも困ったら助けてくれる。どんなに自分がつらくてもちょっと困ったなぁ、って顔をして助けてくれるの。それから、弱さを見せるのが嫌いなのね。もっと甘えたらいいのにって思う。不器用なのね」
そういって締めくくった。
それから自分の所持品を確かめる。夏休みを利用しての滞在だと聞いたが、それにしてはいろんな本を持ちこんでいる。歴史、心理学、哲学、情報工学、宇宙物理、考古学などなど。いちいち分類していたら切りがない。自分は宇宙物理を専攻していると聞いた。
それについては謝らないと、と亜由美は言った。私がノーベル賞とってと言ったものだから、自然にそうなってしまったの、と語った。とってと言われて承諾した自分が信じられない。頼まれて取るものではないだろうに。
携帯を調べる。いろんなメモリダイヤルがある。見覚えのないものもあるものもたくさんある。あるといってもここにいるメンバー達意外知らないが。
とっつきにくいと言われた割にはかなりの人間関係だ。
メールを調べる。ここにそろっているメンバー達の名がほとんどだ。だが、圧倒的に亜由美とのメールが多かった。それはほんのたわいのないメッセージ。
何時に家に行く、どこそこで何時に待ち合わせる。ほとんど業務連絡に近い。
そこにどんな感情のやり取りがあったかは窺い知れない。
むしろ、他のメンバー達とのメールのほうがいろいろ書かれていた。
大学で何を学んでいるか、何があったかなど。映画、本、音楽の批評まであった。
果ては恋愛相談にまで乗っている。
このとき、当麻は亜由美との関係があれほど深いものだとは知りもしなかった。
ある夜中、当麻は庭を抜け出し、湖畔へと向かっていた。
視線の先に人影が二つ。
遼と迦遊羅だろうと思った。長い、ポニーテールをしていたから。
声をかけようとして当麻はとまった。
振りかえった顔が亜由美だったからだ。
二人は自分に気づいてはいない。
当麻はそっと近づいて身を隠した。なぜ、身を隠す必要があるのか分からなかったが亜由美が何を話すのか聞いてみたかったのだ。
「かゆが言っていた。そうとう参っているって」
ばれた?、と言って亜由美が笑う。だが、その微笑みは弱々しい。
作品名:あゆと当麻~Memory2 作家名:綾瀬しずか