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綾瀬しずか
綾瀬しずか
novelistID. 52855
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あゆと当麻~Memory2

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「当麻はすごいよね。私が記憶を失っているとき、当麻はいつも優しかった。私のことを一番に考えてくれた。一度だけ思い出してくれと言われたことがあるけれど、それ以外は何も言わなかった。でも私には無理みたい。当麻みたいに冷静にしていられない。
思い出してほしいとかじゃないの。当麻は自分以外の人間が選ばれるのが怖いって言ったけれど、私は別にそんなこと怖くない。もし、私より素敵な人が現われたらきっと譲ってしまうと思う」
そう言って悲しそうな瞳をする。
「あゆ。だめだよ。ちゃんと当麻を捕まえておかないと。あゆがどんなに当麻を愛しているか皆、知っている」
亜由美は頭を振る。
「私の気持ちはどうだっていい。当麻が幸せになれたらそれでいいから。私が本当に怖いのは私自身。当麻は私と一緒に亜遊羅の運命を歩んでくれるって言ってくれた。だから、一緒にいられる。でも。今の当麻は? 私の運命に巻き込まれて嫌な思いをするんじゃないかしら? このまま普通に暮らせるのが普通の幸せなんじゃない? 私が当麻の幸せを壊してしまう気がして、怖い。手遅れにならないうちに、いっそ、姿を消してしまおうかと・・・」
「あゆ」
と遼が強くたしなめる。
「あゆが姿を消しても、誰一人喜ばない。逃げたらだめだ」
うん、わかっている、と亜由美が答える。
「逃げない、って当麻と約束したから」
そう言って微笑もうとした亜由美は口元を押さえた。
嗚咽が漏れる。
遼は逡巡するとためらいがちに亜由美を抱きしめた。
それを合図に亜由美が泣き崩れる。
当麻はその場を離れた。
胸が痛い。
亜由美がそんな風に思いつめているとは思いもしなかった。一番なんでもない振りをして一番こたえていたのは亜由美だったのだ。当の本人は至ってのんきなのに、彼女があれほど悩んでいるのがつらかった。彼女とのつながりが浅いものだと思っていた自分が愚かだった。短いメッセージのやり取りはそれだけで気持ちが通じ合っていると言うことなのだ。彼女は自分を好いている。だが、自分は正直、彼女のことが好きだとはわからない。というか恋愛感情が持てない。

いざって言うときは婚約を解消していい。

いつか言われたことを思い出す。
今、当麻が自分の気持ちを言えば彼女は進んでそうするだろう。
そしてやはり姿を消すのだ、と当麻は直感した。自分の幸せのために彼女は何もかも捨てるつもりなのだ。自分にどれほどの価値があるのだろう? それほど大切にされるほど自分がいい人間だとは思えない。

どうしたらいい?
どうしたら彼女のガラス細工のような心を救える?
当麻は懸命に考えた。

次の日、亜由美はなにもなかったかのように振舞う。
あれほど激しく泣いていたのにその様子が微塵もない。小さな体で懸命に動き回る彼女の姿に当麻は胸を痛めた。
そんなに、我慢しなくていい。
つらければそう言えばいいだろう?
だが、今の自分では彼女を救うことはできなかった。
好きかどうか分からないのにいいかげんなことはできない。
彼女に期待させて裏切るのは嫌だった。
昨夜、見たような悲しい涙は流させたくなかった。
当麻はいつか彼女の心がポキッと折れてしまう気がしてならなかった。

「当麻」
と遼が考え込みながら部屋に入ってきた。
「どうした?」
読んでいた本を傍らにおいて尋ねる。
「悪いけれど、ほんの少しでいいからあゆを抱きしめてあげてくれないか。相当参っているようなんだ。あゆは頑固だから皆にそういう姿をついつい見せまいとするけれど、皆わかっているんだよ。だけど、あゆの心を開けるのは当麻だけなんだ。このままだと本当に消えてしまう気がする」
当麻は最後の言葉を聞いていても立ってもいられなくなった。
「どこにいる?」
部屋を出て行きながら当麻が短く尋ねる。
「さっき、一人で散歩に出ていった。きっと湖のところだろう。あゆはいつもつらいときはそこにいるんだ」
「わかった」
了承すると湖に向かう。
湖畔に亜由美はたたずんでいた。
今にも空気に溶けていってしまいそうに。
「あゆ」
たたずむ後ろ姿に声をかける。
その声に亜由美は振りかえる。浮かんでいたはかなげな表情は彼女が瞬きすると消えていた。にこっと笑う。
「当麻もお散歩?」
ああ、頼むからそんな無理をしないでくれ。
無理して笑わなくてもいい。

当麻は何も言わず、ふわっと抱きしめた。腕の中の感触がひどく懐かしい。
「やせたか?」
ふと眉根を寄せて問う。その言葉に面白そうに亜由美は笑う。
「どうして当麻に分かるの? 記憶を失ってから当麻は今まで抱きしめてくれなかったのに」
それはそうなんだが・・・、と当麻は言う。腕が覚えていた感触で当麻はわかったのだ。
記憶を失っているのに感触は覚えているなんて、きっと何回もこうして抱きしめていたのだろう。当麻の中に切ない気持ちがあふれる。
なぁ、と当麻が言う。
「俺は記憶をなくしても別に大した事はないと思っている。あゆが言った通り、新しい自分ではじめたらいいだけのことだ。だから、あゆもこれ以上思いつめないでほしい。俺はあゆのことを好きだったことが思い出せない。今の俺自身、あゆを好きなのかもわからない。だが、あゆが自分を捨てて俺の幸せを一途に考えてくれるなら、俺もあゆに応えたい。
俺も自分を捨ててあゆの幸せを考える」
そういう当麻に向かってあゆは微笑みながら涙ぐんで、だめよと言った。
「当麻は幸せにならなくちゃ」
「どうして。それほどまでに俺のことを考えてくれるんだ? 俺はそれほど大した人間じゃない」
苦々しく言う。
どうしてこんな一途な亜由美を苦しめてまで幸せになれよう。
「当麻はすばらしい人よ。世界で、ううん、宇宙で一番すごい人。私は当麻のことが大好きだから。愛しているから。やっぱり幸せになってほしい」
そのためになら私はどうなってもかまわない、と幸せそうに亜由美は言った。
「どうしてそんなに幸せそうなんだ? つらいはずなのに」
好きな相手に好きになってもらえないことがつらいことぐらい当麻にもわかる。
「つらい? ううん。つらくなんかない。だって今、当麻に抱きしめてもらっている。それだけで私は幸せ」
そういって当麻の胸に顔をうずめる。
ああ、あゆ、と言って当麻は声を震わせた。
抱きしめるだけで幸せと言うなら何度でも抱きしめよう、と当麻は思った。
こんなちっぽけなことを世界で一番幸せといった風のあゆ。
このけなげな亜由美の気持ちに応えられないでどうして他の誰かを好きになれよう?
「時間をくれないか。俺はきっとあゆが好きになる。だから、時間をくれ」
うん、と亜由美は小さく頷いた。

それから早速当麻は亜由美を知ることから始めた。
皆に亜由美のことを聞くのも忘れていなかったが、本人からも直接聞いた。
あまりの質問攻めに亜由美自身は閉口気味だった。
いっそのこと同室にしてもらうように頼んだのだが、それは皆の反対にあって却下された。手は出さない、と言ったのだが、誰も信用してくれなかった。日ごろの行いが悪いと言われた。
俺は彼女をどう扱っていたんだ?
自分がひどく腹立たしかった。
そうしてことあるごとに亜由美を抱きしめる。
人前だろうとなんだろうと構わなかった。
作品名:あゆと当麻~Memory2 作家名:綾瀬しずか