宿り木の下で
雪虫が舞う晩秋の大陸エリューシオンにて、想いを伝え合ってから間もない金の曜日。
地の守護聖ルヴァと女王候補アンジェリークは特別寮の彼女の部屋でチャーガ茶を飲みながら、のんびりと明日の予定について話し合っていた。
マグカップを両手で包み込んだ状態でうきうきとアンジェリークが話している。
「ルヴァ様、エリューシオンではそろそろ雪化粧している地域もありそうですよ!」
まだ少し照れ臭そうに口元を綻ばせる彼女を穏やかに見つめながら、ルヴァの頬も自然と上がる。
「そうですねー、明日は私もこれといった予定はありませんから、心置きなく同行できますよー。楽しみですねえ」
と言ってはいるが、実のところは明日の分の仕事を全て前倒しで終わらせて、無理やり予定を空けたことは秘密だ。
アンジェリークはその言葉へ大きく頷いて、そろりと上目使いでルヴァを見た。
「あの、市場で雑貨も見たいんですけど、ちょっと寄ってもいいですか?」
「もちろん。あんまり遅くまではいられませんけど、お付き合いしますよー」
やった、デートだ、と小さく呟いて熱くなった頬を両手で隠す彼女の姿に、ルヴァは顔をさするふりをして緩み切った頬をぐいぐいと元に戻した。
晴れて両想いとなったものの、アンジェリークは一人でじっくり考えた結果、女王試験の続行を決めた。
女王になる道、ならぬ道、そのどちらになるかはこの際置いておいて、大陸の民たちを導いていくことだけはきっちり成し遂げたかった。
ルヴァとしては試験を辞退して欲しい気持ちもあったが、彼女が決めたことだからと納得して今まで通り見守りながら手助けをするつもりでいる。
こほんとひとつ咳払いをするルヴァ。
「デート、はあくまでもおまけですよ。ちゃんと大陸の様子を見てきましょうね。ではまた明日」
「はぁいっ。それじゃ、明日はしっかり厚着してきて下さいね!」
部屋を出る間際にルヴァはふと立ち止まり、それからアンジェリークの瞳をじいっと見つめる。
「……? どうかしました? 忘れ物ですか?」
「ええ、大事なことを忘れていました」
そう言って視線が一瞬泳いでからぱちぱちと瞬きを繰り返し、意を決してきょとんと見上げているアンジェリークの額へさっと唇を落とした。
「……明日が待ち遠しいです」
またしても耳まで赤くなりながらはにかんで告げると、すっかり照れた様子で足早に扉の向こうへと去っていった。
「口にしてくれてもいいんだけどなぁ……」
そんな台詞が彼の背を追うように扉へと投げられたことを、ルヴァは知る由もなく。
翌日、同行する守護聖にルヴァを指名して大陸へと降り立った。
前回あれだけ見事だった紅葉の景色は、すっかり冬支度を整えて二人を迎えていた。
アンジェリークははぁっ、と大きく息を吐いてゆらゆらと白い息が立ち上るのを楽し気に眺めている。
そんな彼女の姿に「なぜ寒いと息が白くなるのか」という話をうっかりし始めそうになり、ルヴァは思わず口をつぐむ。
今日のアンジェリークの姿は落ち着いたオールドローズ色のノーカラーコートにモカ色のスヌードとベレー帽、そしてロングブーツといういでたちだ。
ミニスカートに厚手のタイツ着用ではあったが、冷えはしないかとルヴァが心配そうな顔になった。
「……足、寒くないですか?」
自分の足元へと視線を落とし、ひょこっと片足を持ち上げるアンジェリーク。
「ブーツですしすっごく分厚いタイツにしたんで、たぶん大丈夫だと思うんですけど……」
若いから寒さなど大して問題ないのかもしれないと思いそれ以上の質問はせず、いつもよりも少し大人びた雰囲気のアンジェリークを眩しそうに見つめるルヴァ。
アンジェリークはルヴァと並んでも子供っぽく見えないようにとこの日のために密かに準備していた。
真冬の陽射しが辺りに柔らかく降り注ぎ、手つかずの雪原がきらきらと光を反射していた。
アンジェリークと繋いだ手をルヴァは今日も自分のポケットにしまいこみ、何事もなかったかのように景色へと視線を向けていた。
途中でアンジェリークがいつも立ち寄る市場が見えてきて、それまで黙って歩いていたルヴァがようやく口を開く。
「向こうに市場が見えてきましたけど、先に寄っていきますか?」
うーん、と少し考えてアンジェリークは首を横に振った。
「荷物になっちゃいますし、帰り際にちょっとだけ見たいです……あっ」
アンジェリークは市場の何かに気を取られたらしく、一点をじっと見つめている。
「分かりました。ではまたあとで寄り……どうしました? アンジェリーク」
「あの、あれ見て下さい。ヤドリギがあんなにいっぱい並んでます!」
彼女が指差す先には店の軒先に出された大小様々な大きさのヤドリギのボールやリースが所狭しと並んでいた。
アンジェリークはそのまま吸い込まれるように店の前で立ち止まり、目を輝かせて魅入っている。
「わー。どれも可愛いですねっ、ルヴァ様!」
「そうですねー。ヤドリギはかなり高い場所に生える寄生植物だと思っていましたが、採取するのって結構危険な作業ではないですか?」
店の人間に向けられたその問いに、店主の女性がにこりと笑って答えた。
「危険は危険だけど、それが仕事だしねぇ。うちの息子が家具を作っててね、木を切ったついでに枝ごと持って帰ってくるのよ。ちょっと向こうの森に行けばゴロゴロ生えてるわ」
その言葉に二人は顔を見合わせて、小さく頷いた。
「行ってみましょうか、アンジェリーク」
「ですねっ。お話ありがとうございました、またあとで寄ります!」
アンジェリークは笑顔で店主に手を振り、二人は市場を離れた。
地の守護聖ルヴァと女王候補アンジェリークは特別寮の彼女の部屋でチャーガ茶を飲みながら、のんびりと明日の予定について話し合っていた。
マグカップを両手で包み込んだ状態でうきうきとアンジェリークが話している。
「ルヴァ様、エリューシオンではそろそろ雪化粧している地域もありそうですよ!」
まだ少し照れ臭そうに口元を綻ばせる彼女を穏やかに見つめながら、ルヴァの頬も自然と上がる。
「そうですねー、明日は私もこれといった予定はありませんから、心置きなく同行できますよー。楽しみですねえ」
と言ってはいるが、実のところは明日の分の仕事を全て前倒しで終わらせて、無理やり予定を空けたことは秘密だ。
アンジェリークはその言葉へ大きく頷いて、そろりと上目使いでルヴァを見た。
「あの、市場で雑貨も見たいんですけど、ちょっと寄ってもいいですか?」
「もちろん。あんまり遅くまではいられませんけど、お付き合いしますよー」
やった、デートだ、と小さく呟いて熱くなった頬を両手で隠す彼女の姿に、ルヴァは顔をさするふりをして緩み切った頬をぐいぐいと元に戻した。
晴れて両想いとなったものの、アンジェリークは一人でじっくり考えた結果、女王試験の続行を決めた。
女王になる道、ならぬ道、そのどちらになるかはこの際置いておいて、大陸の民たちを導いていくことだけはきっちり成し遂げたかった。
ルヴァとしては試験を辞退して欲しい気持ちもあったが、彼女が決めたことだからと納得して今まで通り見守りながら手助けをするつもりでいる。
こほんとひとつ咳払いをするルヴァ。
「デート、はあくまでもおまけですよ。ちゃんと大陸の様子を見てきましょうね。ではまた明日」
「はぁいっ。それじゃ、明日はしっかり厚着してきて下さいね!」
部屋を出る間際にルヴァはふと立ち止まり、それからアンジェリークの瞳をじいっと見つめる。
「……? どうかしました? 忘れ物ですか?」
「ええ、大事なことを忘れていました」
そう言って視線が一瞬泳いでからぱちぱちと瞬きを繰り返し、意を決してきょとんと見上げているアンジェリークの額へさっと唇を落とした。
「……明日が待ち遠しいです」
またしても耳まで赤くなりながらはにかんで告げると、すっかり照れた様子で足早に扉の向こうへと去っていった。
「口にしてくれてもいいんだけどなぁ……」
そんな台詞が彼の背を追うように扉へと投げられたことを、ルヴァは知る由もなく。
翌日、同行する守護聖にルヴァを指名して大陸へと降り立った。
前回あれだけ見事だった紅葉の景色は、すっかり冬支度を整えて二人を迎えていた。
アンジェリークははぁっ、と大きく息を吐いてゆらゆらと白い息が立ち上るのを楽し気に眺めている。
そんな彼女の姿に「なぜ寒いと息が白くなるのか」という話をうっかりし始めそうになり、ルヴァは思わず口をつぐむ。
今日のアンジェリークの姿は落ち着いたオールドローズ色のノーカラーコートにモカ色のスヌードとベレー帽、そしてロングブーツといういでたちだ。
ミニスカートに厚手のタイツ着用ではあったが、冷えはしないかとルヴァが心配そうな顔になった。
「……足、寒くないですか?」
自分の足元へと視線を落とし、ひょこっと片足を持ち上げるアンジェリーク。
「ブーツですしすっごく分厚いタイツにしたんで、たぶん大丈夫だと思うんですけど……」
若いから寒さなど大して問題ないのかもしれないと思いそれ以上の質問はせず、いつもよりも少し大人びた雰囲気のアンジェリークを眩しそうに見つめるルヴァ。
アンジェリークはルヴァと並んでも子供っぽく見えないようにとこの日のために密かに準備していた。
真冬の陽射しが辺りに柔らかく降り注ぎ、手つかずの雪原がきらきらと光を反射していた。
アンジェリークと繋いだ手をルヴァは今日も自分のポケットにしまいこみ、何事もなかったかのように景色へと視線を向けていた。
途中でアンジェリークがいつも立ち寄る市場が見えてきて、それまで黙って歩いていたルヴァがようやく口を開く。
「向こうに市場が見えてきましたけど、先に寄っていきますか?」
うーん、と少し考えてアンジェリークは首を横に振った。
「荷物になっちゃいますし、帰り際にちょっとだけ見たいです……あっ」
アンジェリークは市場の何かに気を取られたらしく、一点をじっと見つめている。
「分かりました。ではまたあとで寄り……どうしました? アンジェリーク」
「あの、あれ見て下さい。ヤドリギがあんなにいっぱい並んでます!」
彼女が指差す先には店の軒先に出された大小様々な大きさのヤドリギのボールやリースが所狭しと並んでいた。
アンジェリークはそのまま吸い込まれるように店の前で立ち止まり、目を輝かせて魅入っている。
「わー。どれも可愛いですねっ、ルヴァ様!」
「そうですねー。ヤドリギはかなり高い場所に生える寄生植物だと思っていましたが、採取するのって結構危険な作業ではないですか?」
店の人間に向けられたその問いに、店主の女性がにこりと笑って答えた。
「危険は危険だけど、それが仕事だしねぇ。うちの息子が家具を作っててね、木を切ったついでに枝ごと持って帰ってくるのよ。ちょっと向こうの森に行けばゴロゴロ生えてるわ」
その言葉に二人は顔を見合わせて、小さく頷いた。
「行ってみましょうか、アンジェリーク」
「ですねっ。お話ありがとうございました、またあとで寄ります!」
アンジェリークは笑顔で店主に手を振り、二人は市場を離れた。