宿り木の下で
周辺の木々は葉の代わりに雪をその枝に乗せてたわみ、時折どさりと音を立てて荷を下ろす。
二人はそんな風景を眺めながら、行き交う人々が踏みしめて自然に作られた道をゆっくりと歩く。
「寒くないですか、アンジェリーク」
「平気です! ルヴァ様こそ大丈夫ですか? 鼻赤くなってますよー」
「ん……まあ、これだけ低い気温を体感した経験はほとんどありませんでしたからねー」
ターバンを帽子に変えてマフラーをしてきたが、顔が無防備な状態だったために鼻と頬の付近の感覚がなくなってきていた。
「ルヴァ様、ちょっと止まってくれます?」
呼び止められてルヴァはそのまま足を止めた。
「……?」
「巻き方変えたらいいですよー」
そう言って、アンジェリークはワンループに巻いていたマフラーをするりと外したため、ルヴァはやりやすいように少しだけ屈む。
ふわりと頭に引っ掛けて端を後ろに流して結び、帽子を押さえながらそっと引っ掛けた部分を後ろへ下ろした。
それから手前に少し引っ張って整え終えると、アンジェリークはにっこりと微笑んだ。
「はい、これならどうですか?」
アンジェリークの巻き方はボリュームネックと呼ばれるもので、うまく調節すれば首周りだけでなく鼻や頬をカバーすることもできる。
「ああ、これは暖かいですねー! ありがとう、アンジェリーク」
巻き方自体を知っていてもこのように実践しなければ無意味なものだ、とルヴァは思う。
「この間、雪を見に行くってお話したら、オリヴィエ様が巻き方を教えて下さったんですよー」
雪虫の夢も希望もない正体を暴露してしまったお詫びに、とアドバイスとともにスヌードをプレゼントしてくれたのだった。
「そうでしたかー。私の故郷にも砂塵や直射日光避けの巻き方がありますが、こちらのほうが簡単でいいですねぇ……あぁ暖かい」
冷え切った鼻を温めるように両手でマフラーを掴んで顔を埋めた。
「もっとオシャレな巻き方はあるけど、ほんとに寒いときは手数を増やしてられないからこれをまず覚えておくといい、って仰って…………」
くす、と笑い声が聞こえてルヴァはアンジェリークのほうを見た。緑の瞳がじっとルヴァを見ている。
「ルヴァ様、なんかそのポーズ可愛いですね!」
「え、ええっ? そ……そうですかー?」
可愛いと言われてもどう反応すればいいのか、と困り果ててしまうルヴァ。
なんと返事をしようかと考えて視線を彷徨わせたとき、ふと近くの木の枝に鳥の巣のようなこんもりと丸い塊を見つけた────ヤドリギだ。
「アンジェリーク、あちらに早速ありましたよ、ヤドリギが」
今度はすぐに彼女の背後へと回り込み、アンジェリークの目線に合わせて指をさす。
「わ、よく見たらあちこちにモサモサ生えてますねー!」
「この時期は葉が落ちているお陰でよく目立ちますねー。あれがどうやって寄生するのか、知っていますか?」
ふるふると首を横に振るアンジェリークを、包み込むような柔らかいまなざしで見つめた。
「冬季はあのように人間の目にも分かりやすいヤドリギですが、鳥たちの目にも分かりやすいでしょう? 食料の少ない寒い時期に果実が生るので、沢山の鳥たちの餌になるんです」
話の間にも次々と小鳥が集まり、あちこちの枝を移動しながら実を啄んでいるようだった。
「果実の内部には粘りがあって、種子はそれに包まれているために鳥の腸を容易く通り抜け、長く粘液質の糸を引いて樹上に落ちるんです。それが樹皮上にぺたっと張り付くと、そこで発芽して樹皮に根を下ろして、そこから寄生が始まります。稀にお尻からぷらーんと種をぶら下げたままの鳥を見ることもあるんだそうですよー」
「ぷらーんと」のところでルヴァは片手で握りこぶしを作り、もう片方の指を左右に振ってみせた。小鳥と尻からぶら下がる種を模したその仕草にアンジェリークが吹き出す。
「やだーもうルヴァ様ってば! リアルに想像しちゃったんでやめて下さい!」
守護聖の間でも普段小難しい話ばかりすると思われがちなルヴァだったが、実際にはこうやって分かりやすく解説をしてくれることも多く、アンジェリークはそんな楽しい時間が好きだ。
「あはは、すみません。でも本当なんですよ、さすがにこの距離ではお目にかかれないとは思いますが」
話しながら二人はヤドリギのある木へと近づいていく。人の往来があった道から逸れて段々と雪深くなる。
「だけどそんなにいっぱい運ばれたら、この間のキノコみたいに宿主の木が枯れちゃうんじゃないですか? そこの木にも沢山ついてるし……」
くるぶしまで埋まる程度の雪に僅かに足を取られ、アンジェリークはルヴァの腕にしがみついた。
ルヴァは彼女に腕を貸したまま樹上のヤドリギへと視線を流して、アンジェリークの質問に相好を崩す。
「いい質問です。それもうまくできていましてね、芽が出て双葉になるまでには2〜4年ほど必要なんですよ。ですから1mくらいの球状になるまでには、人間の赤ちゃんが大人になるくらいの長い年月がかかるんです」
「じゃあ人間がいっぱい採っちゃったら、育つの追いつかなくなっちゃいますね」
ルヴァはそんなアンジェリークの言葉に目を細め、小さく頷く。敢えて言及しなかったことにまであっさりと気づいた事実に驚きを隠せない。
先ほどの店主のように、「ついでに」採る程度ならば影響は少ない。だが人が介入し乱獲していくことで生態系が崩れ、宇宙から次々と消えていく存在の多さを否応にも知っている。
この少女はなんと聡いのだろう、と感嘆の思いで揺れる金の髪を眺めた。
ごく普通の生活を送っていた彼女が女王候補へと選出された意味が、今更ながら改めて分かったような気がした。