宿り木の下で
そしてルヴァはふとアンジェリークの向こう側に気になるものを見つけた。
すぐ近くに折れた枝が雪に埋まっていて、そこにも小さなヤドリギが生えているのが見える。
「……アンジェリーク、ちょっと待っていて下さい」
雪は更に深くなり、ふくらはぎまで埋まりながら枝に近づく。
間近で見てみれば小さなヤドリギにも白い果実が生っていた。
(この様子だと、枝が落ちたのはつい最近のようですねぇ……)
ルヴァはおもむろに手を伸ばし、折れた枝からヤドリギを摘み取り始める。ヤドリギの枝は思いの外柔らかく、新芽のように簡単にポキポキと折り採れた。
全て摘み終わると、周囲の木々に果実を擦り付けてからアンジェリークのもとへと引き返した。
「お待たせしましたねー。ほら、ヤドリギが採れましたよ」
はい、とヤドリギの束をアンジェリークに手渡して微笑んだ。
「白い実が可愛いですねっ。でも、いいんですか?」
「どのみちああして折れた枝からは栄養がとれずに、いずれ枯れてしまいますからね。今幾つか種をくっつけてきたので、数年後にはきっと発芽しますよ。残った枝はお部屋へ持ち帰っては?」
「ルヴァ様ったら、わたしが持ち帰ったらいつも注意なさるのに!」
「今日は私がついていますから、いいんです。あなたが要らないのでしたら貰い受けますよー、執務室に飾りますんで」
そう言ってアンジェリークの手からヤドリギの束を奪い、高々と持ち上げるルヴァ。
「あー! ずるいですよルヴァ様! 執務室に飾るの、絶対ダメですっ!」
アンジェリークの背は低いほうではなかったが、さすがにルヴァとの身長差では高く掲げられたヤドリギに手が届かない。
「飾るのは私邸にして下さい! 執務室は絶対に絶対にダメー!」
ムキになり何度も奪い返そうとするアンジェリークに根負けし始めたルヴァが苦笑していた。
「どうしたんですか。そんなにヤドリギがお好きだったんですか? ……それとも」
ヤドリギは高く掲げたままで、アンジェリークの瞳を覗き込む。
「執務室に飾っちゃったら、私が他の女性とキスをするとでも?」
「し、知ってたんですかっ!?」
一瞬にして熟れた林檎色の頬になるのがなんとも可愛らしく、ルヴァはその愛しさに頬を緩ませる。
「一応ね。主星の主な行事について、この間調べてみたんです。このヤドリギのこともね」
人の心の機微についてもそうだが、季節の行事にも少々疎いという自覚はあった。
今まではそれに気づいていても、少し落ち込む程度で済ませていた────そう、アンジェリークに想いを寄せるまでは。
枝から雪のように白く艶やかな実をひとつもぎ取り、翠の瞳をじっと見つめた。
「いま私たちはヤドリギの下にいるんですよ……アンジェ」
二人の距離がゼロになり、アンジェリークの鼻先をジャスミンの香りが掠めた。
彼の香りだ、と頭が認識した頃には既に彼の唇が柔らかく重なっていた。
触れるだけの淡い口づけが幾度か繰り返されて、やがてルヴァの腕が力強くアンジェリークを抱き締めて、ぼそりと呟いた。
「弱りましたね……」
「……?」
黙って言葉の続きを待つアンジェリークに、困ったように眉根を寄せたルヴァが薄く笑った。
「止め時が分からなくて……こうしていると、あまりにも幸せなものですから……」
そうしてルヴァの唇がアンジェリークの額に、まぶたに、優しく降りてくる。
静かに降り積もる雪のような口づけに、アンジェリークは彼の温かな想いの深さを知らされる。
「じゃあ……やめないで下さい」
もう既に恥ずかしいから言ったもの勝ち、とばかりに小声で囁く。
それは確実にルヴァの耳に届いていたようで、再び重ねられた唇は先ほどよりもずっと熱く彼女の唇を捕らえた。
帰り際に再び立ち寄ったあの店で、店主がアンジェリークが持っていたヤドリギを見てにこりと人のいい笑顔を浮かべた。
「あら、あなたも採れたのね。それくらいの量ならシンプルにリボンで結ぶかリースにするのがいいと思うわ」
そう言ってリースの材料が入った籠を指差したので、アンジェリークはその中から松ぼっくりやリボンなどを楽し気に選び始めた。
ルヴァはリースのデザインを考えながら材料を選んでいるアンジェリークから離れ、数軒先へと足を運んだ。
ちょうど彼女が選び終わった辺りで、ルヴァは二つの小さな鉢植えを手に戻ってきた。
「ルヴァ様、それは……?」
「あの、大きなモミの木は無理ですが、ゴールドクレストの鉢植えくらいなら問題ないかと思いましてねー。ひとつはあなたの分です」
「もしかして、お揃いですか?」
恥ずかしそうに頬を染めて頷くルヴァに、アンジェリークの頬もまた赤くなる。
「今日の記念になればと……」
そうして飛空都市へと戻った二人の手には、幾つもの荷物とともにヤドリギの枝があった。
特別寮に戻るまでの間、たわいもない話で間を持たせるルヴァとアンジェリーク。
ルヴァがふと疑問を口にする。
「……ところで、キスの前に実をもぐのが正式だと書物にはあったんですけどね」
「はい」
「あれは実ひとつでキス1回分、なんでしょうか。アンジェ、あなた何かそういう話を聞いていませんかー」
「さあ……聞いたことないです。でもルヴァ様だったら実がなくっても無制限、です、よ?」
言ったほうも言われたほうも赤面して黙りこくってしまい、そのまま寮の前でぎこちなくお辞儀をして別れた。
後日ルヴァの執務室とアンジェリークの部屋には、お揃いの鉢植えとアンジェリークお手製リースが飾られた。
そのリースにはヤドリギが使われていたため、互いに恋人以外とはしないこと、ときっちり約束を取り付けての話だったが、「ヤドリギの下にいる女性は男性からのキスを拒めない」という謂れに、リースが取り外されるまでの間ルヴァは気が気ではなかったという。