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透野サツキ
透野サツキ
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NEW SONG

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NEW SONG

 廊下の先の、少し開きかけた扉から聴こえてくるピアノ。
 やわらかくて優しい音色は、それだけで誰のものか、わかる。
 俺は扉の陰に立つと、部屋の中をそっとのぞいて、その姿を確かめる。短い髪に、すっと伸びた背中。ピアノの旋律は続いている。初めて耳にするけど、懐かしい感じがして。
 やがて音が鳴りやむと、静まり返った空間に自分のため息がこぼれて、その気配で彼女が振り返った。
「一十木くん?」
「あ、見つかっちゃった」
 少し驚く七海に、俺は笑いかける。
 扉を開けて部屋の中へ入ると、七海は鍵盤から手を離して、行儀よく膝の上に乗せた。
「レッスン室に上着忘れちゃってさ、取りに来たら、七海の音が聴こえたから」
「すみません。私、扉をちゃんと閉めてなかったんですね」
「でもそのおかげで、七海のピアノが聴けたから、俺はラッキーだったよ」
 曲の打ち合わせなんかでよく使うこの部屋は、扉を閉めると音がもれない様になっているから、きちんと閉まっていたら、知らずに通り過ぎるところだった。
 俺はグランドピアノの傍に立つと、
「ここで、少し聴いててもいい?」
 すると七海は笑って、
「それなら、一十木くんの好きな曲を弾きたいです。何かリクエストはありますか?」
「え、いいの?」
「はい」
「やった! それじゃあえっと…」
 俺は少し考えて、
「そしたら、スターリッシュの曲がいいな。自分の曲だと歌いたくなっちゃうから。今は七海のピアノをゆっくり聴きたい気分なんだ。曲は七海が決めてよ」
「わかりました。じゃあ始めますね」
 七海は深呼吸をして、鍵盤に細い指で触れ、演奏を始めた。
高音から入る、綺麗なイントロ。心地よいミディアムバラード。胸に深く染みるあたたかいメロディに聴き入っていると、途中で少し明るいポップな曲調に変わる。キラキラした優しい音。歩きながら、口ずさみたくなる様な。そのサビのメロディが終わるところで、一気にテンポが上がる。青空へ突き抜けてく様な、力強いメロディに、胸が熱くなる。弾いている七海の表情もとても楽しそうで。
 最後の音まで弾き終えると、七海は俺に笑いかけた。
「せっかくなので、メドレーにしてみました。どうでしたか?」
「すごいよ七海! 俺、感動しちゃった!」
 俺は精一杯の拍手をする。自分たちのいつも歌っている曲だけど、こんな風に七海のピアノの音で聴く機会はめったにないし、次々に変わっていく曲調にドキドキして。演奏が終わった今も、まだ醒めない。
見た目はごく普通の女の子なのに、本当にすごいなって思う。
「ね、今度みんなの前でも弾いてみせてよ。こんなの、俺だけ一人占めしてるのもったいないからさ」
「みなさんに喜んでもらえるなら、いつでも」
「うん。絶対だよ」
 はい、と七海がうなずく。
 俺は七海の隣に立って、グランドピアノの縁にそっと触れる。黒いグランドピアノは夕方の空気で、少しひんやりしてる。
 いつもはみんなで一緒にいるこの広い部屋に、今は二人だけで。
 すごく静かに感じる。
「ね、今、少し話しても平気? 忙しくなかったらでいいんだけど」
 俺があらたまって言うと、七海は丸い目で俺を見上げる。
「はい、大丈夫です」
 そう言うと、体ごときちんと俺の方を向いて、話を聞こうとしてくれる。
 そういう素直で真面目なところ、可愛いなって思う。
 だから俺も、気持ちをごまかしたり、隠したりしたくなくて。
 きちんと伝えたい。
「ごめんね」
「え?」
「デュエットソングの時。合宿の後、急にいなくなったりして、七海にもたくさん心配かけちゃったね。謝らなくちゃって、ずっと思ってたんだ」
 みんな優しく迎えてくれたけど、それはそれっていうか。
 それに甘えてちゃダメだって思うから。
 俺なりのケジメ。
 すると七海は、優しい声で言う。
「一十木くんが謝る事なんてないです。もちろん、たくさん心配はしました。でも戻ってきてくれて今は嬉しいです。きっと皆さんも同じ気持ちです。ただ…」
「七海?」
 七海は急に深刻な表情になって、続けた。
「あの…私の方こそ、一十木くんに負担をかけてしまったんじゃないかって、不安でした。瑛一さんの提案にそって作っていった楽曲は…これまでの一十木くんのイメージとはかなり違っていたから。もしかしたら、とてもつらい思いをさせてしまったんじゃないかって」
 違う。
「そんな事ないよ」
 俺が言うと、七海は顔を上げる。
「七海は何も気にしなくていいよ。確かに最初は全然、詞も書けなくて落ち込んだし、書くために、自分自身と向き合わなくちゃいけなくて…今までの曲に比べて苦労はしたと思うけど」
 その時の事を思い返す。向き合わなくちゃいけなかったのは、子供の頃の自分。
 俺は大切な人を、たった一人の、家族と呼べる人を失った。哀しい思いが強くて、誰かにその想いを打ち明ける事さえできなくて、ただ心の奥に、閉じ込めておくしかできなかった。そんな、自分の過去。
 その傷を引き裂く様に、言葉を紡いで、歌い上げたのが、瑛一とのデュエットソング。
 今までにないくらい、心の中身をさらけ出して、自分の全部を注ぎ込んだ。壊れそうなくらいに。確かにそれは、決して簡単な事じゃなかったけれど。
「でも、そのおかげで、昔の自分も今の自分も、ちゃんと受け入れられたかなって思う。七海はそのきっかけをくれたから、いっぱい感謝してるんだ」
「一十木くん…」
「スターリッシュのみんなとも、こんなに固い絆でつながってるんだって、感じる事ができたし、本当に七海のおかげだよ」
 俺は七海の目を見て言う。
 まっすぐ、この想いが伝わる様に。
「本当に大切な曲」
 そして、俺は窓の向こうを見上げる。
「今までの曲も、デュエットソングも、両方、俺自身だから。どっちも大切だし、これからもずっと歌っていける。スターリッシュの曲だって、みんなそうだよ」
 街頭ビジョンから聴こえてきたみんなの歌声。折れそうだった俺を救ってくれた。歌って、音楽って、本当にすごい。あの時、確かにこの胸が、心が、震えたんだ。
「一十木くんは、やっぱり強いですね」
 七海に突然言われた言葉に、俺は驚いた。
「えっ?」
「一十木くんの行方がわからなくなって、とても心配しました。でも私、信じてたんです。私たちの想いが伝われば、一十木くんは必ず戻ってきてくれるって」
「俺はそんなに強くないよ。みんなのおかげだよ」
 本当にそう思う。俺一人じゃきっと越えられなかった。
 失う事が怖くて、傷つきたくなくて、本当に大切なものを手放してしまいそうだった。
 でもそうじゃない。たとえいつか失ってしまうとしても、永遠じゃないんだとしても、だからこそ、今を大切にしなくちゃいけないってわかったんだ。
 みんなとの絆を。
 それから。
「七海」
 俺は身をかがめて、椅子に座っている七海を後ろからそっと抱きしめた。
「一十木く…」
「ごめん。少しだけ、このままでいさせて」
 肌に触れる、柔らかい髪の感触と、あたたかいぬくもり。
 愛おしさでいっぱいになって。
 伝えてはいけない言葉を、言ってしまいそう。
 胸が苦しい。
「ねえ、七海。もし俺が――」
 と。
作品名:NEW SONG 作家名:透野サツキ