NEW SONG
言いかけた言葉を遮る様に、低い振動音が鳴った。
上着のポケットに入っている携帯電話。
「一十木くん、電話が」
「…もう、誰だよ! って、うわ、トキヤからだ!」
俺は慌てて、携帯を操作する。
「もしもしトキヤ? どうしたの?」
するとトキヤは電話越しに深いため息をついて、
『どうしたのじゃありません。こうして話せていると言う事は、上着は見つかったのですか』
あ、そうだった。
上着を忘れたのもそうだけど、一緒に携帯が入れっぱなしだったから困ってたんだっけ。
「うん、大丈夫。見つかったよ! えっもしかして、心配してくれてたの」
『心配したのは明日の仕事の事です。ロケは早朝からだと言っていたでしょう。準備をしておかなければいけないんじゃないんですか』
「あっ、そうだ! すぐ戻るから! ごめん、ありがとう!」
俺はそう言って電話を切る。七海は細い手首にはめた時計を見て、
「もうこんな時間だったんですね」
「そうだね。長話しちゃってごめんね」
窓の外を見るともう、日が落ちかけていて、空が紫に染まっている。
「でも、ありがとう」
俺の話を聞いてくれて。
いつも優しく受け止めてくれて。
今はそれだけでいいんだ。
またね、と言って部屋を出ようとする俺を、七海が呼び止めた。
「あの、一十木くん」
扉の前で振り返ると、七海が立ち上がって俺を見ていた。
「今、作っている曲が全部完成したら、次は一十木くんの曲を書いてもいいですか」
「え」
「今まで知らなかった一十木くんの新しい一面を、もっと表現してみたいって思ったんです。これまでとは違う曲が生まれそうで。もしそれができたら、詞を付けて、歌ってもらえますか」
七海の…新しい曲?
「もちろん!」
俺が力いっぱい答えると、七海の表情がぱっと輝いて、
「ありがとうございます。素敵な曲になる様に、がんばりますね」
君はそんな風に言うけど。
七海の作る曲は、いつだって最高だよ。
俺は言いかけてやめる。
七海の真剣なその気持ちがいつも、七海の音楽を輝かせてるんだって知ってるから。
「うん、楽しみにしてるね!」
「はい!」
七海が笑う。
俺の一番大好きな笑顔。
今までも本当にたくさんの幸せを与えてくれた、君の笑顔と音楽。
次はどんなメロディを奏でてくれるのかわくわくしながら、俺は七海に手を振る。
そして、まだ少し開いていた扉を押し開けて、部屋を出た。
俺の歌でみんなを笑顔にしたい。それが子供の頃から、俺の夢。
だからずっと、愛とか希望とか、キラキラした真夏の太陽みたいにまぶしいものを思い描いて歌ってた。
でも今は、それだけじゃなくて。
愛しさも切なさも、哀しみも絶望も。
きっと誰もがみんな経験したり、心の中に抱えていたりするものだから。
全部隠さずに歌にしたい。同じ思いを抱えている誰かに、一人じゃないよって伝えたい。
どんな夜にも必ず朝がやってくる様に、真っ暗な闇にもいつか光が差すんだって。
俺自身のすべてを懸けて、届けたいんだ。
だから笑顔も涙も、全部抱きしめて、俺は歌うよ。
君の奏でる音楽にのせて。
新しい歌を。