スイートギフト
「ううう、どうしよう」
“がんばって下さいね!ラピスさん!”
送り出してくれた時のシルヴィの言葉を思い返し、ラピスはため息をついた。かれこれ三十分近くファングの部屋の前をうろうろとしている。
部屋の中にファングがいるのは分かっているが、ドアをノックする決心がつかない。
なんて言って渡したらいいだろう。そもそも突然こんなものを渡すのは変なんじゃないのか。男の人はあんまり甘いものが好きじゃないって聞いたことがあるけど、もしクッキーが嫌いだったら。
ぐるぐるとそんなことを考えてしまう。
「やっぱり今日は戻ろう…」
わざわざ部屋を訪ねて渡すなんて、難易度が高過ぎた。明日ティターンに行く前に、さりげなく渡すとかそんな感じがいいかもしれない。そう思っていたラピスの目の前で突然ドアが開いた。
「ひゃわっ」
「?? 廊下で何やってんだお前」
当の本人が困惑顔で立っている。
ここは思いきりだ!とラピスはぎゅっと目をつむって腕を突き出した。
「ファングっ、こっ、ここここれ、よかったらどうぞ~!」
「はあ?」
手渡すつもりがファングの胸に押し付ける格好になっていて、あわあわと慌てるラピスをよそにファングはひょいと袋を取り上げた。
「何だ?食い物か?」
「えっと、クッキー、なんですけど…ファングに食べてもらおうと思って…」
「ふーん」
ファングはあまり興味もなさげに紙袋をつまんで眺めていたが、いきなりガサガサとその場で開け始めた。
「丁度腹が減ってたところだ」
ラピスの目の前で次々と無造作にクッキーを放り込んでいく。
「あの~…、それ、おいしいですか…?」
「んん?別に不味くはないぞ」
口を動かしながらファングが答える。
「そうですか」
口元が綻んでしまうしまうのを見られるのが恥ずかしいラピスは下を向いてしまう。背中を押してくれたシルヴィには申し訳ないが、今の自分は作ったものを食べて貰えただけで満足してしまうようだ。
「おい」
あっさりクッキーを平らげてしまったファングが呼ぶ。
「これお前が作ったのか」
「は、はい、シルヴィに教えて貰って」
「そうか」
美味かったとラピスの横をすり抜けざま、聞こえた。
「武器屋に行ってくる。夕飯までには戻る」
さっさと行ってしまうファングに、我に返ってラピスは慌てた。美味しいと言ってくれたファングの言葉に嬉しくなって一瞬ぼうっとしてしまったが、行ってしまう前に、せめて何か、何か言いたかった。
「―ファング!」
呼び止めた声に、すでに階段を下りようとしていたファングが振り返る。
「何だ?」
「あの、ええと、食べてくれてありがと……」
ファングがふっと表情を緩めた。
「何でくれた奴の方が礼を言うんだよ」
それが普段の自信たっぷりの強気なものではない、驚くほど素直な笑顔だったから。
ラピスからも自然に力が抜けた。
「おいしいって思ってもらえたなら、また作りますから…その時は食べてもらっても、いい?」
「おう。また何か作ったら持って来い」
片手を上げて振りながら、ファングは階段を降りて行った。