break time-ある日のプリンスたち-
聖川に言われた一ノ瀬は、手帳をめくって、スケジュールを確認する。
時間単位でびっしりと書き込まれた予定の中に、奇跡的に空欄を見つけて、その日付に決定する。
「…しかしこれだけの人数分だと、具材を切るだけでも一苦労だな」
「そうですよね、僕も一緒にお手伝いします!」
「那月っ?! お前はよせっ!」
「えー、何でですかぁ?」
「ま、待て、そうだ、四ノ宮は買い出しを頼む」
「お買い物・・・ですか?」
「そうだ、これだけ人数がいると食材もかなりの量になる。お前の力が必要だ。それから来栖。お前も一緒に行ってくれないか。その方が何かと都合がいいだろう」
「わぁい、翔ちゃんと一緒にお買い物なんて嬉しいなあ!」
「うわー・・・エサか俺は」
「それだけではない。想像してみろ。四ノ宮1人に買い物をさせたらどうなるか」
聖川が来栖に顔を寄せて、小声で話す。
「ぐ、あり得ない食材のオンパレードだな・・・」
「だろう。つまり、これは重要な任務なのだ。引き受けて欲しい」
「私もそれがベストな配置だと思います。調理の方は、私が責任を持って手伝いますので。翔、行ってくれますね?」
「お前らの言いたいことはすっげーよくわかった。ま、いいよ。買い物は嫌いじゃねーし。そう言う事だ、那月」
「わあい。翔ちゃん、一緒にがんばろうね!」
「俺も買い出し班に加わるかな。腕はともかく、聖川と同じキッチンに立つなんて考えたくない」
「好きにしろ。俺もその方が望ましい」
「ねえねえ、俺はー?」
「後片づけくらいは手伝わせてあげてもいいですよ」
「ええーっ」
「音也も俺らと一緒に来いよ!・・・何かこいつらだけだと不安でしょうがねー」
「何か言ったかなおチビちゃん?」
「な、何でもねえよ。ていうか、そのスプーンを近づけるのをやめてくれ」
さっきのカレーの味がトラウマになっているらしく、来栖が本気で青ざめる。
「あ、七海! 友千香! こっちこっちー!」
不意に音也が立ち上がって手を振る先に、全員の視線が集中する。
視線の先に立っているのは、七海春歌。そして彼女のルームメイトで親友の、渋谷友千香。
「おっつー。どしたの、何かずいぶん盛り上がってるじゃない?」
「今日はみなさん全員おそろいなんですね。すごいです!」
お待ちかねのレディ達の可愛い声がして、場がぐっと華やかになる。
「やあ、子羊ちゃん達。今日もキュートだね」
「今度、僕達の部屋で、みんなでホームパーティーをすることにしたんです。お二人も一緒にどうですか?」
「うわあ、素敵ですね!」
「へえ、楽しそーじゃん! いついつ?」
乗り気な二人に、ついさっき決めたばかりの日程を告げると、幸運にも予定は二人とも空いていた。
これまでの経緯と段取りを説明すると、いつもの様に大人しく聞いていたレディが口を開いた。
「あの、何か私たちの方で、ご用意するものはありますか?」
「料理ならあたしたち、全然手伝えるけど?」
「いや。俺にはレディ達のその笑顔が最高のおもてなしだよ」
「お前、よくそう言う事サラッと言えるよな…」
「その申し出は有難いですが、寮のキッチンはあまり広くありませんし…」
「もし良ければなんだが、何か好みのデザートなどあれば持参してもらえないだろうか。フルーツでもいいし、菓子でもいい。さすがにそう言ったものの選別は女性の方が得意だろう」
「オッケー。じゃあさ、せっかくだからあたし達はあたし達で何か作っていこうか! どう? 春歌!」
「うん。いいよ。トモちゃんお菓子作り得意だもんね」
「何言ってんの。春歌だってうまいくせにー」
レディたちが素晴らしい提案をして、二人で笑い合う。
「うわぁ、二人の手作りのおやつかぁ…俺、超楽しみ!」
「ならば私たちも、負けずに腕を振るわなければいけませんね」
「僕もピヨちゃんクッキーを用意します! あと新発売のピヨちゃん饅頭も! とっても可愛らしいんですよ!」
「当日までに、ちょっと部屋片付けとかねーとな。那月も手伝えよ。っつーかほとんどお前のぬいぐるみとかだし」
「せっかくのパーティーなんだし、部屋もそれなりに飾りつけするかい? 任せてもらえれば、必要そうなものは俺がそれなりに準備するよ」
「…神宮寺にしては気の利いた提案だな。どういう風の吹き回しだ」
「一言よけいだ。男だけなら別にどうだっていいけど、可愛いレディ達をおもてなしするんだから、当然だろう?」
「じゃああたしたちも、ちょっとお洒落して行かなくちゃね」
「誘って下さって嬉しいです。楽しみにしていますね」
レディの笑顔は俺達の視線を、釘付けにして。
それからもしばらくの間、俺達はカレーの具材や付け合わせ、サラダのドレッシングの好みなど、様々な議論を交わし続けた。
几帳面な聖川はいつの間にかペンを取り出し、その内容をメモしていて、レディ達は、二人でデザートの案を出し、構想を膨らませている。
やがて学食内に人が少なくなり予鈴が鳴るまで、時間の経つのを忘れる程に会話は弾んで。
俺は携帯電話のスケジュール機能に、ホームパーティーの予定を登録しながら、こうして仲間同士で賑やかに過ごすランチタイムも、たまには悪くないなと思った。
こんな風に他愛のない時間を重ねながら、俺は自分でも気づかないうちに、この学園生活を少しずつ気に入り始めていたんだ。
作品名:break time-ある日のプリンスたち- 作家名:透野サツキ