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決戦の朝

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冷たく心地よい、瑞々しい朝の風が流れた。
 昨夜までの雨の気配を残した風は、冷たく髪を攫って、額を撫で上げて行く。
 東の空から徐々に太陽が昇って来る。
 雲の多い空、それをかき分ける様に差し込む光はキラキラと、どこか希望に満ちて石畳の道の上を照らした。

 さあ、決戦の朝が来た。

「まさかここまで来て、あんたが立ちはだかるなんて全くの予想外でした」
 シチリアの歴史を受けて削られ苔むした、石畳の上に、向かい合って立つ二人の男。
 その片方、成長前の少年のようにも見えるひょろりと痩せた身体。その細い背に掛かるほど長い琥珀の髪を朝の光で染め上げ、風に踊らせる男がぼやいた。
「俺、これが終わって、あとちょこっと書類の手続きすれば、漸く解放される筈だったんですよー」
 満ちる空気は殺伐としているのが、琥珀の髪を躍らせる沢田綱吉の口調は軽かった。
 対して、日の光すら跳ね返してしまいそうな漆黒の髪を、僅かに風で乱す男、雲雀恭弥の態度は、どこまでも、いい意味でも悪い意味でも彼であった。
「ふーん」
「あ、興味なさそうですね」
「君の事なんて知るもんか」
 ひどいなあ……
 綱吉はへにゃりと笑うように呟いて、右手でガシガシと頭を掻く。それから、この場にはとてもじゃないが相応しく見えない、ニットの手袋を身に付けた。それは、彼が感触を確かめるようにきゅっと握れば、たちまち黒いグローブへと姿を変える。

 沢田綱吉がボンゴレファミリーの十代目を正式に継いでから多くの年月が過ぎた。彼はその間、すっかり勘弁してボス業を継いだような顔をして、その裏でこそこそとこつこつと、ボンゴレを、イタリアのマフィアを解体する為の作業を進めていたのだ。
 本人すら認識できぬ間に、すっかり毒気を抜かれて、気付けば善良な一般企業になっていた元マフィア。この書類に判を押しさえすればあなたのところには手を出しませんと脅されて、武器工場を、組織の資金源になっていたカジノを手放した組織。
 裏で手を引く人物が分からぬように慎重に、時には大ボンゴレのボスとして堂々と。そうして多くのマフィアからすっかり悪い部分を取り上げてしまって、残ったのは最後の大悪党ボンゴレファミリーと、小さな島に残った武器工場であった。
 此処の武器工場の権利書を奪って、すっかり綺麗にして孤児院でも建てる。ボンゴレの多すぎる資産を売り払って片付けて、綺麗になった会社に回す。ボンゴレがなくなっても誰も路頭に迷わぬように皆をどこかに押し込んだら、すっかり全てが片付く筈だった。

 なのに一体どうして。
 どうして目の前にこの男がいるというの。
「あんたこんなちんけな島のちっちゃな工場いらないでしょ! なんでわざわざこれ欲しがるんですかー!」
「僕が欲しいと思ったから手に入れようとしてるんだ。君には関係ない」

 元の持ち主であったファミリーとはすっかり話を付けた後であった。さあ片付いた、後は工場に残った権利書の名前だけ書き換えちゃいましょうと、小さな家庭教師一人を伴って向かった小さな島、その工場の入り口前。なんとそこに立っていたのは、もうすっかり組織としての繋がりは無くなってしまった日本の裏の大企業。風紀財団の委員長様雲雀恭弥と、その右腕であったのだ。
 そして開口一番彼はのたまったのだ。
 これ欲しいんだけど?
 これが飴玉だとか菓子だとか、そういう小さな物なら綱吉は喜んで差し上げられた。これからの資産のやりくりの面では眉を顰めるが、表向けの小さな企業の子会社だったとしても、今までお世話になりましたと渡してしまったかもしれない。
 だがこれは、そんなかわいらしい物ではない。小さくても武器工場である。
 ここで製造された武器は、紛争の盛んな地域にこっそりと渡って、多くの人間の命を奪っているのだ。
「非常に申し訳ないのですが、雲雀さんにあげる事はできないんです」
 元来気の小さい、巨大なマフィアのボスの癖に、人の上に立つならぺこぺこと頭を下げる方が向いている沢田綱吉は、大変申し訳なさそうに、人の上に立つ事を天性の才として持っているのではないかと思わせる風紀財団委員長雲雀恭弥に頭を下げた。
 どうしてこれが欲しいのかは分かりませんが、これからのイタリアの平和の為には、此処に武器工場があるのは非常にまずいんです。ついでに言うと、風紀財団の息のかかった会社があるのもよくないんです。
 恐る恐る顔を上げれば、風紀財団委員長様はとっても剣呑な笑みを浮かべて、手には既に、しっかりとトンファーを構えていたのである。
 唯一彼を止められそうな存在として、委員長様の右腕と、己が連れて来た家庭教師をちらちらと伺ったのだが、右腕様は慌てて目をそらし、家庭教師様は既に工場の塀に腰かけ、それはそれは綺麗に足を組んで傍観の姿勢になっていた。
 長年の付き合いで口を開かずとも、その目が自分で何とかしろと訴えているのはよくわかる。
 仕方がないので綱吉は、肺の中の空気を全て吐き出すような溜息をついて、ようよう雲雀に向き合ったのである。



 さてさて、殺意をぶつけ合って対峙している二人の男。
 雲雀恭弥と沢田綱吉は、実は相思相愛である。
 今でこそ消え去ってしまった、多くの組織を震撼させるその事実は、ボンゴレのトップシークレットであり、その事実を知る者は本人達と、綱吉の幹部の何人か。それと中学生のころからコツコツと綱吉を育てて来た、彼の家庭教師様だけである。
 雲雀恭弥という男は、元来気に入った物は自分の手の内に納めておきたい男である。本当なら沢田綱吉も縛り付けて傍らに置きたかったのだが、そうしようと思った時には既に、綱吉はボンゴレの物となっていた。
 気に入った物に対しては大変執着の強い雲雀は、綱吉を手に入れようと機会を伺い続けそうして漸く、彼の家庭教師と一つの取引をしたのだ。

 綱吉は全ての仕事が終わった後は、ひっそりこっそりと日本に隠居する予定を立てている。日本での多くの時を過ごした懐かしの土地には戻らず、決して誰にも――昔からの仲間や、親友、愛しい愛しい恋人にすら――居場所を突き止められぬよう全ての繋がりを切って、己の気配を綺麗さっぱり消し去って、ひっそりこっそりと静かに暮らす予定であった。

 愛しの恋人どころか、家庭教師にすら漏らさずに秘密裏に進めて来た計画は、勿論しっかりと家庭教師にばれている事を綱吉は知らない。
 そのネタが風紀財団委員長に売られている事さえも、知らない。



 風に雲が流されて、昇って来たばかりの太陽をすっかり覆ってしまった。
 辺りが僅かに暗くなる。
「あの太陽が再び顔を出したら、始まりの合図です」
「いいよ、あっさり咬み殺されて退屈させたりしないでね」
「俺は精一杯がんばります。雲雀さんこそ、あんまり弱っちくって拍子抜け、なんて思いさせないでくださいね」
 ふんと雲雀は鼻を鳴らして、塀の上で拳銃を磨きながら、すっかり観客を決め込む綱吉の家庭教師に視線を走らせる。
 瞳は帽子で隠れて伺えないが、口元は楽しげに弧を描いていた。


作品名:決戦の朝 作家名:桃沢りく