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ハルシオンの夜

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扉を開ければ、何時も騒がしい、人の気配の多くするはずの綱吉の部屋が、奇妙な程に静けさに満ちていて、雲雀は首を傾げた。
 綱吉の執務室の隣にある彼の私室は、仮にもマフィアのボスの部屋であるにも関わらず、遠慮もなしに守護者や家庭教師が居座っている事が多い。おかげで多くの人がいる間はもちろん、綱吉が一人でいる時でさえも、どこかしらに誰か人の気配が残っていたりする程であった。
 だが今日、雲雀が綱吉の私室に入れば、普段ならばあるはずの部屋の主以外の気配はまるでなく、灯りの灯されない部屋はしんと静まりかえっていた。
 おやと一人首を傾げた雲雀だが、部屋の奥の方から確かに綱吉の気配がするのを感じ取る。気配の方に視線を向ければ、綱吉が仰々しくて落ち着かないと言っていた天蓋付きのベッドの、何時もは眠る時でも開けたままにしてあるはずのカーテンが閉められていた。
 夜の帳が下りてから、まだあまり時間はたっていない。常に仕事に追われ、普段から日付が変わるまでベッドに入ることすらできない綱吉が、眠るにはまだ早すぎる時間だ。それにカーテンの向こうに感じる気配は、弱々しく薄れてはいるが、眠っている時のそれとは異なっていた。

 半月程前まで、ボンゴレでは大きな抗争が行われていた。
 風紀財団としての大きな取引を控えていた時期であったため、雲雀が介入することはなかったが、ドン・ボンゴレが直々に戦いの前線に赴いて指揮を執ったと、自ら拳を振るったのだと、優秀な部下により報告されている。普段、過保護過ぎる右腕と家庭教師に守られて、本人が望んでいても抗争の表に立つ事の許されないドン・ボンゴレが、直々に出なければ治まらない程だ。それがどれ程の規模の抗争であったのかは、雲雀にも容易に想像が出来た。
 抗争とは体力のみならず、精神も消耗させられる。どんなに戦いや殺しに慣れている者であっても、常に自分の命と他人の命を天秤にかけ、己ではない方へ天秤を傾け続けなければならない状況に、心は耐えきれず精神は軋んだ悲鳴を上げる。綱吉はとても強靭な精神を持っている。だがボスに就任して数年がたった今でも、彼は人の命を扱う事に少しも慣れず、事あるごとに軋みをあげている事を、雲雀は知っている。
 綱吉の心の根幹にある物は、マフィアになどなりたくないと叫んだ、十四歳の頃のままであり、彼は何時だって優しい道を望み、殺しを厭うのだ。それが敵であろうと見方であろうと、綱吉の前では一人の人間でしかない。殺したくない、殺させたくないと常に願っている。己を殺そうとした敵対マフィアのボスであろうとも、何とかして許したいと考えているのだ。
 その彼が直接戦いの場に赴いて殺しの指示を出し、そして雲雀も見慣れたあのグローブを、人を殺す感触が何よりも手に残るそれを使って、きっと誰よりも多くの人間を殺した。それは強靭であると同時に、とても脆い精神を持った綱吉が、崩れてしまいそうになる程の苦痛であったに違いない。
 だがどんなに疲れ果てていたとしても、綱吉には後処理を人に回す事はしないのだ。敗北は、全てを失う――それこそ命すらも失うことを意味するマフィア間の抗争で、そうさせないために、少しでも敵を救うために、優しい綱吉は救いの手段を考える。それは奪う事が骨身に染み込んだ、根っからのマフィアである綱吉の部下にも、盲目的なまでに彼を思う右腕にも、元は一般人である、今ではすっかりマフィアに浸かってしまった彼の親友にもできなくなってしまった事であった。
 相手との交渉、その時に提示する条件までを綱吉は一人で考え、それを彼の家庭教師や守護者たちと煮詰める。説得しながら、少しでも相手を救い、内部からも不満を出させぬように、茨の中の細い糸の道を渡る慎重さで事を運ぶ。
 全てを部下任せにせずに行っている綱吉は、常ならば、抗争中よりもその後の行動に気力と体力を費やすのだった。
 今回はそれに加えて、抗争にまで参戦した綱吉だ。彼の心労は、人を傷つける事に慣れてしまっている雲雀には、理解できるようなものではないだろう。
 きっと今宵は、そうしてボロボロになって、見るに堪えない程フラフラになりながらも仕事を続けようとする綱吉を、彼の右腕か家庭教師が無理やりベッドに押し込んだのだろう。
 そこまで考えて雲雀は、己がここにいる理由を理解した。

 今日この場に来るようにと、雲雀に連絡をしたのはリボーンである。
 先の抗争中、久しぶりに噛み殺しがいのある群れを相手にしているボンゴレに、雲雀も首を突っ込みたいと思っていた。だが財団の仕事上動ける状況ではなく、参加する事が出来なかった。その影響で、一、二カ月に一度はボンゴレの仕事を受けたり匣の研究の報告をしたりと、イタリアに顔を出していた雲雀が、半年近く直接ボンゴレと関わる事がなかった。先日漸く抗争自体は終わったが、暫くは後処理に追われて忙しいだろうと、普段は他人の都合など気にも止めぬはずの雲雀は考えた。

 以前ボンゴレの忙しい時期に足を運ぶと、綱吉は彼の家庭教師に風穴を空けられそうになる程仕事を抱えていた。綱吉は生きている上での基本的欲求すら満足に満たす事が許されなかったらしく、雲雀は唯同じ執務室でお茶を出されたまま放っておかれた。せっかく足を向けたというのに相手にもしないのかとトンファーを構えても、お願いです、これだけは見逃してくださいと、大理石の床に土下座をされる始末である。それ以後ボンゴレの予定だけは、雲雀なりに考慮するようにしていた。

 そうして半年近くボンゴレどころか、イタリアからも遠ざかっていた雲雀の元に、リボーンから、たまには顔を見せやがれと連絡があったのだ。
 他人をはかる上で強さを何より重視している雲雀は、己の気にいっている少年からの誘いを断るような真似はせずに、素直にイタリアまで出向いて来たという訳である。
 ボンゴレの本部で、酒を呑み交わしながら、綱吉曰く物騒な世間話や、仕事の話をしていたのだが、リボーンは突然、たまにはツナにあって行かねえかと言って、雲雀の意思もそこそこに、私室から追い出したのであった。

 そんな流れの後に、雲雀は今、綱吉の私室の中にいる。
 忙殺されていてもおかしくない筈である綱吉は、どういう訳か既に私室に下がっており、まだ早い時間であるはずなのにベッドに入って――だが眠っている気配はない。
 リボーンが何の為にイタリアまで出向かせたのかを理解した雲雀は、内心で彼に恨みの感情を呟いた。
「僕に眠れない子供の子守りをさせるなんて」
 だがそれでも引き返す事はせずに、小さくため息を吐きながら、広い部屋を横切ってベッドに近寄る。微かに漂うアルコールの匂いを感じながら、掛けられていたカーテンを何の躊躇もなく開いた。


 ***


「え、あ? わ! ひ、雲雀、さん?」
「何、その間抜けな反応」
 カーテンの向こう、広がるシーツと上等な羽根布団の海の上。綱吉はベッドヘッドにクッションを並べて、そこにもたれて、膝を折って小さく丸まるように座っていた。
作品名:ハルシオンの夜 作家名:桃沢りく