【弱ペダ】(サンプル)Race Freak
Race Freak
ちっ、という舌打ちが耳に飛び込んでくる。
朝のレースに出場して、疲労のピークに達した同乗者達のいびきや寝息、運転手が好きだという音楽がかかる車内は、決して静かとは言えない。
だが、そんな中でも聞こえたということは、かなりイラついているのだろう。
「荒北」
「ア?」
金城の呼びかけに応えた荒北の口調は、普段のそれよりも少し荒っぽい。
「次のサービスエリアで休憩しよう」
「またァ? さっき休憩したばっかだろーが。どんだけ便所近ぇーんだよ、金城ォ」
「俺じゃない。お前だ。次で運転を代わろう」
「あ? いーヨ、別にィ」
いーヨ、別にィ、ではない。この申し出はけして荒北のためだけではない。ナビシートに座る金城、ひいては後部座席に座る他の者たちのためでもある。
「前の車だろ」
金城の指摘に、荒北は殊更苛立ったように、ふん、と鼻を鳴らした。
前を走る車は国産メーカーのスポーツ車で、しかもかなりお値段の張るハイスペックなものだ。その車が、前のサービスエリアを出た辺りから、目前へ走り去ったかと思うといつの間にか後ろから現れたりする。かといって、危険な走行をしているわけでもない。ようはきびきび走りながらも、遊んでいるのだ。
それが、荒北に火をつけようとしている。
それだけは阻止する!!
金城は荒北と一緒に通った教習所での光景をまざまざと思い出す。制限速度なぞどこへやら。左折優先も、信号も、線路の一時停止も、内輪差も全て無視。野獣が呼び起こされて己の走りの限界を追及しまくり、教官や同じ時間に走るハメになった教習生を散々困らせたのだ。
次のサービスエリア以降、山道へ入る。曲がりくねった上り、そして下りが続く道だ。そんな道など、荒北が再び野獣に目覚めてしまうではないか。冗談ではない。
作品名:【弱ペダ】(サンプル)Race Freak 作家名:せんり