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白薔薇の祈り

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 十年バズーカは未だに健在だったが、オレがその後、十年後の世界に足を踏み入れることはなかった。あれからヒバリさんがどうなってしまったのか、この目で確かめる勇気がなかったのだ。もう二度と、会いには行かない。けれどオレは、ヒバリさんが今もきっと生きているとひたすらに信じてやまなかった。誰が何と言おうと、オレはいつまでも信じている。いつまでも、いつまでも、いつまでも、いつまでも。
 そういえば、最近になって判明した事実が三つある。一つは、ヒバリさんはオレの家庭教師役を自ら買って出たのだということ。もう一つは、ラル・ミルチがヒバリさんにオレの看護を頼んだなどという事実はまったくなかったということ。そしてもう一つは、彼は敵のアジトに乗り込む際、敵の戦力を一手に引き受ける危険な役を買って出たこと。おかげで山本と獄寺くんは一命を取り留めたということ。
 リボーンにそう告げられた時、オレは不意に確信した。あの時ヒバリさんは力加減を間違ったわけではない。死なないように加減しつつ、わざとオレに重傷を負わせたのだ。かなりの確率で死のリスクがつきまとう戦闘メンバーからオレをはずし、確実に、オレの命を守るために。

   *

 日は暮れかかって、寒さがしんしん増してきた。道行く人の数はひとりふたり、どんどん少なくなっていく。さむいさむいと誰もがコートの襟をつかみ、あたたかい家を目指して足早にかけていった。
 オレは約束の場所へ小走りで向かっている途中だった。電話したのは三十分前。時間にうるさいあの人のことだから、もうとっくに着いているだろう。オレは焦る心をおさえ、ずり落ちるマフラーを片手で押さえながら懸命に走った。
 道行く間中、雪の結晶は額にも頬にもあとからあとから落ちてきて、じわりと熱を含んでははかなく消えていった。空から見境なく降ってくるそれは、まるで白い薔薇の花びらのようだった。露出した肌は火傷しそうに冷たかった。
「やあ」
 息を切らしながら顔を上げると、久々のにんまり顔がそこにあった。この寒いのにヒバリさんときたら、いつも通り学ランを一枚羽織っているだけである。オレは黙って距離をつめると、訴えるような目でヒバリさんをじっと見据えた。咄嗟に言葉が出てこなかった。
「久しぶりだね。今までどこ行ってたんだい?」
「ヒバリさん」
 ぶるぶると震えながら、オレはポケットの中から例の腕時計を取り出した。思い出を形にと持ち帰ったつもりがまったくの逆効果で、これを見れば見るほど胸が苦しくなっていった。だからといって捨てるわけにもいかない。
 オレは半ば強引にその時計をヒバリさんの左手に握らせた。
「何コレ」
「あげます」
「壊れてるじゃない」
「もらってください」
「僕が? どうして?」
「これはあなたのなんです」
「……そう」
 不可解な顔をしつつも、ヒバリさんは結局それを受け取った。まじまじと眺めたあと、ぱちんと左腕にはめてくれる。オレはその様子をじっと見ていたのだが、時計をはめたヒバリさんの白い手首を見ているうちに、あの夜オレの頭をなでていたヒバリさんの腕が一気にフラッシュバックした。それだけじゃない。包帯を巻いてくれた手つきや触れた指先の感触、柔らかい髪の香り、脳髄の奥まで響いてくる低くて穏やかな声、切実に抱きしめられた腕の力、幾度となくふり続けてきた唇の熱、必ず助けると言ったひたむきで懸命な想い、ヒバリさんの、すべてが。
「どうしたの?」
「あ、あ……」
 こぼれ落ちる涙を抑えることもできずに、そのままオレはヒバリさんの胸に顔をうずめた。それは本当に、唐突でとどめようもない涙だった。上からヒバリさんの困惑した空気がふってくる。けれどヒバリさんはそれ以上何も訊かずに、黙って両腕をそっと、泣きじゃくるオレの背中に回してくれた。ヒバリさんの腕の中はやはりあたたかかった。心地よかった。それでも涙は豪雨のように、いつまでも止むことはなかった。誰よりも愛しい人がすぐ目の前にいるというのに、この哀しみはいったいどこからやってくるのか。何もかも白く染まりゆくつめたい世界の真ん中からオレはヒバリさんのことだけを呼び続けていた。



作品名:白薔薇の祈り 作家名:夏野