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8 ある一日

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1905年晩秋

「ミーチャ…。よしよし。どうしたの〜。黄昏がそんなに哀しいの?…キミはなかなかの芸術家さんだね?ん?お父様に似たのかな?…それともお名前を頂いた伯父様に似たのかな?」

夕刻になり、西に傾き窓から射し込む夕陽にグズる愛息ドミートリイを抱き上げ、ユリウスがあやす。

母親の柔らかな身体に包まれてドミートリイのぐずりは収まるものの、依然としてこの若い母親の腕の中で小さな肩を上下しながらしゃくりあげている。

「なかなか哀しいのが収まりませんね…。困りましたね〜」
歌うような調子でユリウスは息子の、父親と同じ亜麻色の髪を、白く柔らかな頰を指で優しく撫でる。

子供が産まれてからも相変わらず新米活動員として忙しく任務をこなすアレクセイは、家を空けることが多く、また、ここ最近はアルラウネも外出がちで、ユリウスは生まれて三ヶ月になる息子と二人で日々を過ごす事が多くなっていた。
幸い生後三ヶ月目に差し掛かると首も座ってきたので、おくるみに包んだ息子を抱いて市場へ行く事も何とか可能になり、赤子を抱いたまだ年端もいかないこの可憐な若い母親の健気な姿に、市場の人間もついつい優しい声をかけ、手を差し伸べずにはいられないのだった。

「こんにちは、ユリア。坊やだいぶしっかりしてきたわね」

「こんにちは、おばさん。ハイ、そうなんです。近頃は首も座ってきたので、こうやって抱いて連れ出す事も出来るようになって、助かってます」

「やあ、ユリちゃん。相変わらず頑張ってるね」

「こんにちは、おじさん。今日はそのお魚…挑戦してみようかな」

「ハイよ!ちょっとオマケしとくからな〜」

「嬉しい!おじさん、ありがとう」

「新鮮な魚食べて…ユリちゃんも坊やの為におっぱいいっぱい出してあげないとな!」

「うふふ…。そうですね。じゃあまた来ます」

「毎度あり!気をつけてな」

肌寒くなってきた風にショールをかき合わせ、抱っこ紐で身体に固定した息子ごと包み込むと、晩の食材の入った籠を下げてユリウスは家路へと急いだ。

作品名:8 ある一日 作家名:orangelatte